去り難きウクライナ、チャーニヴチ。

 

前回のブログ「舌出しは平気なウクライナの女子学生たちからの続きです。

 

 

※本ブログの内容は、私が初めてウクライナを訪問した2014年当時の内容です。

 

ご存知のように、現在ウクライナはロシアによる侵略戦争を受け、大変な状況にあります。

 

連日ニュースで伝わってくるのは、過酷な戦渦の内容が多いです。

 

「比較的平時のウクライナの素顔」を伝える目的で、過去の旅の内容を綴っています。

 

 

レヴィウ大学の新入生のグループと共に、チャーニヴチの街を歩いた。

 

つい前日の晩に投宿した安宿で出逢ったばかりの若い友人たち。酒席を共にし、翌日は二日酔いの体を押して皆で世界文化遺産に認定されている大学や旧市街を歩いた。

 

そんな楽しく輝いていた時間はあっという間に過ぎ去り、いよいよこの美しいチャーニヴチの町とここで出逢った新たな数人の共に、さよならを言わねばならない時がきた。

 

チャーニヴチの街からは、夜行のバスにて隣国であるモルドバの首都キシナウへと抜ける工程を組んでいた。リヴィウ大学の学生グループも、この日の夜行列車で大学のある西都リヴィウに戻る予定であったが、自分の夜行バスの方が先にチャーニヴチの町を発つ予定であった。

 

ほぼ一日付きっきりでウクライナ語の不自由な自分に、英語の通訳としてアテンドしてくれたJと共に、近所のカフェに行った。彼女の温かい心遣いに感謝を伝え、最後に英人の宿主の子供を借りて、皆で宿の近所の旧市街を歩いた。

 

「ウクライナ、また来るよ」と皆に伝え、旧友との別れのような錯覚を覚えつつ、夜行バスの待つターミナルへと向かう。

 

「おかしいな、昨夜初めて皆と出逢ったばかりなのに、なんでこんなに別れが哀しいのだろう。もういっそのこと、皆と一緒にリヴィウに戻りたいぐらいだよ」と感じつつ、夜行バスに乗り込む。

 

振り返ってみると、1日の間によく話した。何でもないことで、皆でよく笑った。たくさんの綺麗な笑顔を見せてくれた。そうした瞬間の凝縮された1日であったので、一気にこのウクライナ、チャーニヴチが「去り難き場所」と感じられたのであろう。

 

東欧のどこか垢抜けないウクライナ。この地がとても懐かしく暖かく感じられるようになったのは、「そこで暮らす友人たちとの美しい記憶」があるからに他ならない。

 

私にとって、ウクライナとは「東欧に物理的にある場所であり、そこで出逢った温かい人々」である。

 

この後、モルドバで数日過ごした私は、ウクライナの友人たちと再会するために、ルーマニアを経由して再度リヴィウを訪れることになったのであるが、またその話は別の機会に。

 

 

<お知らせ>

2goブログのサイトのサーバーの利用料が改定され、これまでの料金よりもずっと高くなることが分かりました。他の業者のサーバー利用料と比較検討した結果、現在利用しているサーバーは8月末前に契約を終了することとし、本ブログの内容は少しずつ移転する予定です。

 

また20229月以降、気が向いたらwww.2go.co.jpのブログを覗きに来ていらしてください。

 

日本や世界には暗雲が立ち込めているかのような様相ですが、それでも「失われた美しい世界を探しに行くブログ」を続けていこうと思います。

 

 

また電子書籍としてリリースしたいコンテンツも準備していますので、こちらも発売が決まりましたらお知らせします。

またきっと。

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