すでに安宿ではなくなった香港の重慶マンション

 ウォン・カーウェイ監督の「恋する惑星」という映画をご存知だろうか。中国語では「重慶森林(チョンチン センリン)」というタイトルの映画で、前半後半で二つの物語が織り成される。前半の物語には若き日の金城武も主演しているので、知っている人も多いだろう。後半の恋する警官役のトニー・レオンがとにかく格好良い。(ウォン・カーウェイ監督とトニー・レオンの極め付けの映画は、「花样年华(花様年華)」であるが)

 この映画の舞台となっているのが、重慶マンションとその周囲という設定なのであるが、在りし日の混沌とした香港を偲び訪れる人も多かった。また、バック・パッカーにとっては安宿が密集するエリアとしても有名で、雑居ビルの中にインド人だったりフィリピン人だったり、香港人だったりが経営する雑居房のようなドミトリーの部屋が鬱蒼とした中に混在していることでも有名である。

 しかし、今日ではバック・パッカーにとって優しい値段ではなく、4ベッド・ドミトリーの部屋のワン・ベッドでも3000−5000円したりすることもある。これなら日本の地方都市のビジネス・ホテルのシングル・ルームの方が安い。日本人にとって香港はすでに買物天国ではなくなったが、旅先としても、シンガポールと同様にホテルの高さはアジアの中でも抜きんでており、気軽に遊びに行く場所ではなくなってしまった。

 

 「重慶マンション」の雑然とした感じは、そこに巣食う安宿(といっても高め)の客引きのインド人やイラン人のような男達、一階に数店入る両替商、インド料理屋の店先から漂うにおい、おそらく客を待っているのであろうアフリカ系の女性達など、映画の中の雰囲気がまだ微かに漂っている。

 

ここは香港であり、インドでもある。
ここは香港であり、インドでもある。

 狭いエレベーターの行列に並んで乗り込み、上階からこのビルの様子を感じるのも良いが、偶数階と奇数階に停まる階層の別れたエレベーター内は非常に狭く、隙間に体を滑り込ませても、5−6人も人が乗れば一杯になり、荷物の大きな旅人が乗るとそれだけで2−3人乗りのエレベーターとなってしまう。中層階でエレベーターを使おうとしても、上層階からの客で満員になってしまうと果てしなくエレベーターに乗れないことになる。

 

 映画「恋する惑星」など、「古き良き香港の混沌とした雰囲気」を感じるために訪れる価値はあるが、「いわゆる快適な宿泊先」を求める人にはオススメしない濃い場所である。そこに重慶マンションがあるだけで、なんとなく鬱陶しいのだが、このビルが無くなってしまうのもどうも寂しい。そんな愛憎を同時に併せ持つ、香港らしいビルの一つである。

 

「重慶マンション」の裏にあった落書き。「恋する惑星」への当てつけだとしたら、センスのいい落書きだ。
「重慶マンション」の裏にあった落書き。「恋する惑星」への当てつけだとしたら、センスのいい落書きだ。
- Advertisement - 広告

 

 

あの日の香港へ。