ベトナム人は、地面に近い

 

 ベトナム各地を旅し、つくづく感じさせられるのは、「ベトナム人は、土着の民なのだ」ということだ。生まれ故郷に対する愛着だけでなく、物理的に土地との距離感が近いのである。そもそも、ベトナムの多くの民は、代々村社会で暮らしてきたので、「国家」という概念を植え付けるのが難しかったそうだ。

 

 

 ベトナムのどこの町でも、小さなプラスチック椅子に腰掛けて食事やお茶をする光景がよく見られる。諸外国の人々からすると、子供用かと思われる程に小さな椅子なのだが、この物理的に「土」に近い椅子に腰掛けてみると、普段よりもぐっと地面に近い位置に視線を下げて保つことができ、土地との一体感を感じられ易い。

 

 まるで「子供の頃に戻ったかのような視点」を日常生活において、1日に何度か獲得することで、ベトナム人の身体感覚には「土地との一体感」が醸成されているように思える。また、あの小さな椅子に座っていると、「失うものなど何もない」という気楽な気分になってくる。

 

小さなプラスチック椅子は、テーブルにもなる
小さなプラスチック椅子は、テーブルにもなる

 

 プラスチックの小さな椅子は、ベトナム人のライフスタイルや商習慣によくマッチしたものだ。 原付バイク一台で移動式の喫茶店や食堂が道端のどこにでも設営可能であり、撤収するのも楽である。突然の雨にもプラスチックの椅子はビクともしない。むしろ、普段汚れているのが、雨に降られて少し綺麗になったりするぐらいである。また、 プラスチックの小さな椅子は元手がそうかかっていないので、盗難にあっても大した痛手ではない。

 

 

 さらに、ベトナム人はよく地面にも直接座る。履いていたスリッパをお尻の下に申し訳程度に敷いて、素足を投げ出して座っているベトナム人をそこら中で目にする。素足が地面(土地)に着くことに対しての抵抗が少ないのだ。むしろ地面を素足で感じることで、ホッとしている節がある。

 また、彼らの足の指は、長時間靴を履いて締め付けられている先進国の人たちの足指と異なり、器用にクネクネとよく動く。

 

 

 自宅で一家団欒するベトナム人家族には、西洋式にテーブルに椅子を並べて食事をする家庭も増えてはいる。しかし、地面に御座を敷いて、食事をその上にならべ、 地面にぺたりと座り込んで家族が輪になって食事をしている光景をまだまだよく目にする。どちらかといえば、後者の方がよりベトナムらしい食事の風景だ。土座に年季の入ったお年寄りなどは、土地から上昇する氣を足腰で吸収しているかのようにも見える。

 

 

 自分が「ベトナムに戻ってきた」と強く感じるのは、飛行機がベトナムに着陸した時でも、小綺麗なレストランで高級ベトナム料理を楽しむ時でもなく、道端であの地面にほどちかい視点を獲得できる「小さなプラスチック椅子」に腰掛けた時だ。地面から、「おかえり」という声が聞こえてきそうである。

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あの小さな椅子、好き?