「ハノイ・ヒルトン」と呼ばれた、ギロチンのある刑務所

 

 ベトナムの首都ハノイの中心部、ハノイ駅とホアン・キエム湖との間に、かつてベトナム戦争時の米兵捕虜から、「ハノイ・ヒルトン(The Hanoi Hilton)」とたっぷりと皮肉を込め呼ばれたホア・ロー刑務所がある。今日、刑務所の一部がまだ現存し、それは、ホア・ロー刑務所ミュージアム(Hoa Lo Prison Museum)として一般公開されている。

 

 ホア・ロー刑務所は、元々フランスがベトナムを植民地としていた頃の1896年に、政治犯を収容する目的で建てられたという。刑務所の入り口には「MAISON CENTRALE(中央刑務所)」という仏語のサインが残る。

 

 

 本来のホア・ロー刑務所の敷地は、すぐ裏に建つ高層ビルの一角も含めたこの区画全てを占めていた。そこには多くの囚人が収容され、拷問や死刑が日常的に行われていたという。フランスの植民地時代が過ぎ、ベトナム戦争も終わり、現地政府はこのダウン・タウンに広い敷地を持つ刑務所の全てを保存することなく、ミュージアムとして一部のみを残し、あとは再開発の為に壊してしまった。異邦人としては、その決断がなんとも残念でならない。

 

 館内に足を踏み入れると、ハノイのどの地よりも、空気が重く足にまとわりつくような錯覚を覚える。展示されているパネル写真は古く、当時使われていた、いびつな形状の手錠や足錠が存在感を放っている。

 

 1950年代、ディエン・ビエン・フーでの戦いに負けたフランスが、インドシナ半島から追い出された頃には、500人の囚人を収容するキャパシティを持つホア・ロー刑務所に、2000人の囚人が収容されていたという。

 また、ベトナム戦争時の1964年から1973年までの間には、アメリカ兵などの軍事捕虜がここには収容されていた。その軍事捕虜をして、「ハノイ・ヒルトン」と揶揄されたのがここである。

 独房には人形模型が入り、当時の様子を壁の穴越しに想像させる仕組みの展示もある。いつ頃使われていたのか、ギロチンまでがそこでは展示されており、国家権力による暴力を垣間見ることができ、蒸し暑いハノイの夏に訪れても、薄ら寒いものを感じさせられる。

 見所の少ないハノイ中心部にあって、特に存在感を放つのが、この侵略国フランスによって建てられたホア・ロー刑務所であることは、「ベトナムの闇の深さ」を想起させるに十分な場所ではないだろうか。

国家とは、暴力を存在基盤としてる。