旅&日常生活の装備:耳栓

 

 「旅の装備」として「耳栓」を取り上げたいと考えたが、よくよく考えてみると、「旅の装備」としてだけではなく、「国内外、どこにおいても役に立つもの」である。そう、今回取り上げる「耳栓」とは、「日常生活の装備」としておいてよい。

 

 この世界には音が溢れている。それ自体は素晴らしい事だと思う。だが、音の中には「生活を彩る心地よい音」と、「生活の邪魔になる音」とがある。また、情報としての音にも、「生きていくのに役立つ情報としての音」がある一方、「できれば意識しないでやり過ごしたい情報としての音」もある。アマゾンで「耳栓」で検索してみると、色々と種類がある事が分かった。

 

 「耳栓」とは、受験を控えた学生や集中力を高めるために社会人が使うもの、という範疇を越え、もっと一般的に使われて良いものではないかと思う。

 「耳栓」は旅をしている際には必需品としていくつか持ち歩いている。飛行機のノイズ削減、離着陸の空気圧の変化への対応策として、耳栓は役に立つ。

 

 また、日本は割と静かな社会であるが、世界には「人的騒音の大きな社会」も少なくない。声量の無駄に大きな人々の多くいる地域、車やバイクのクラクションを「当然のもの、挨拶代わりのもの」と多用する地域、インフラ整備の現場が至る所にあり、機械が昼夜を問わず騒音を立て続ける地域なども多い。

 さらに、世界には「自分の好きな音は、当然みんなも好きなのだろう」という前提のもと、大音量で自分の好みの音楽や映像付きの音を他者に無理強いして聞かせる輩も少なくない。こういう輩は特に発展途上国に多いのであるが、先進国にも割といるので気が抜けない。ようは個々人の他者への労わりの有無できまるようだ。そんな「人的騒音」を緩和するのにも、「耳栓」は役に立つ。

 また、「いまはコミュニケーションに相応しくない状態ですよ」と周囲に知らしめる道具としても使える。耳栓をしている人を相手に、人は無闇矢鱈と話しかけようとはしないものである。常識的な感覚のある人であれば。そういう意味では、「耳栓」とは、多くの人がいる場所であっても、「仮想のプライベート空間」を「極度に少ない物理的な負荷で構築する」事が可能なツールだ。

 自分は普段使いの「耳栓」として、2つの種類のものを使っている。一つは円錐状の指でこねて細長くして耳に入れフィットさせるモノ、もう一つは段々の形状になっている複数フィンがあるモノだ。(実は、この文は「段々のフィン耳栓」をしながら書いている)

 指で細長くこねてフィットさせるタイプの耳栓が、じわじわと膨らんで耳にフィットしていくあの感覚が好きだ。次第に外の音が小さくなり、「場に入っていく」感覚が得られる。「段々の複数フィン」の方は、お尻の方をもって耳に優しく挿入するだけですぐに遮音される。耳にしっくりフィットさせるまで何度か弄るが、「ここだ」という場所にフィットすると外界の音が格段に小さくなる。

 

 アマゾンでは少しずつ形状と機能性の異なる「89種の耳栓のお試しセット」なるものも売られている。これは次回、日本に戻ったら試してみたい商品だ。「耳栓」道も、案外に奥深いもののようである。

 

静かなだけで心が落ち着くこともある