北京にザハ・ハディド氏が残した「望京SOHO」に想う

 

 「建築家のザハ・ハディド氏が他界して」という感慨を書いた。

 

 韓国にはザハ・ハディド氏による「東大門デザインプラザ(DDP)」という巨大な建築物がある。中国にはハディド氏による3つの建築物が残されている。まず広州には劇場が設けられ、首都北京には「銀河SOHO」と「望京SOHO」という二つのSOHO群がある。

 

 

 とある天気の良い日に、ザハ・ハディド氏の大陸で最も新しいプロジェクトである2013年末に竣工した「望京(わんじん)SOHO」を訪れたことがある。

 望京は北京市の中心から北東に行った場所にあり、ちょうど市の中心部と北京の首都空港の中間ぐらいにある場所だ。この望京エリアは韓国人が多く住むことでよく知られる地域であり、798などの芸術地区もよく知られている。

 近年、北京の地下鉄網の発達は目まぐるしいものがあるが、この望京エリアにも地下鉄が開通し、新たなビジネス街として脚光を浴びている。その中心にあるのが「望京SOHO」のある一帯である。

 

 そこには、かつてからある米国企業Microsoft、建機を扱うcaterpillarの中国本社ビル、ドイツのダイムラー中国本社ビルといったオフィス棟群があり、それらの西側の広い敷地に、特異なラウンド形状の三つの建築物が目を引く「望京SOHO」が建ちあがった。

 「望京SOHO」の周りを一周してみると、観る角度によって表情を変える有機的な建物に設計の秀逸さを感じる。隣接するMicrosoftcaterpillar、ダイムラーといった世界に名だたる企業の中国本社のオフィス棟群は、通常の角張った建築物であるので、各社のロゴを除けばどこにでもありそうなオフィス棟であるが、「望京SOHO」は異質な存在感を放っている。

 近年、中国の建築業界は、どちらかというと「無個性な建築物を量産するスタイル」で発展してきた。元からあった古い平屋建ての胡同(ふーとん)群を潰して更地にし、そこに背の高いマンション群を建てるのであるが、数十棟と建てる建築物はどれも同じ形状をしているので、番号が違うことを除けば、外観も中身も全部一緒というのがこれまでの流れであり、今日の他の多くのプロジェクトも同様の「無個性なマス・プロダクション」である。

 

 米国企業のMicrosoftcaterpillar、ドイツ企業のダイムラーのオフィス棟も、ガラス張りの綺麗なビルではあるが、どれも「無個性なマス・プロダクション」という流れは踏襲している。しかし、ザハ・ハディド氏による「望京SOHO」は、北京のオフィス・ビルの形状に一石を投じている。「望京SOHO」の形からすると、3石を投じていると言うべきか。

 

 さらに、北京市の中心部にある「銀河SOHO」をこの「望京SOHO」の姉妹SOHOとするならば、ザハ・ハディド氏の残した「個性のある有機的なフォルムの建築物群」は、異彩を放っている。ザハ・ハディド氏は他界してしまったが、彼女の思想のDNAはこの「無個性な建築設計の流れ」をくむ中国大陸にあって、より存在感を強めているように感じられる。

 

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 しかし、実際に「望京SOHO」を訪れてみると、建築物の外観は個性的なものの、その使われ方はいかにも中国大陸的だと思わされる。各棟のグラウンド・フロアには、幾つもの珈琲ショップが入居するが、この「望京SOHO」だけで10店もの珈琲店は要らないだろう。すでに珈琲店同士が競合しすぎているので、お互いに疲弊している感が漂っている。「とりあえず巨大なテナント・スペースを埋めるために、誰でもいいから入居したい人に順番に入ってもらいました」という感が、ありありと見て取れるのだ。オープンした後の珈琲店同士の熾烈な競合状態には、「望京SOHO」のマネジメントは見て見ぬ素振りだ。

 

 さらに、これだけ個性的な建築物を建てたにも関わらず、「MAANCAT COFFEE(漫猫珈琲)」などといった、他店のコンセプトを模倣する珈琲店まで出店させてしまうといった節操のなさだ。中国には「MAAN COFFEE(漫珈琲)」という名の内装に凝った珈琲チェーンが育ちつつあるのだが、「望京SOHO」という個性的な設計のオフィス棟の一階に、その模倣店を入居させてしまうという頓珍漢ぶりである。

 中国大陸のビジネスを表す言葉に、「ハード一流、ソフト三流」というものがある。この20年ほどの間に、他国から最先端の技術を入手し、物理的に造るものは世界でもトップ・クラスの品質のモノ(ハード・ウェア)を「造れる」ようになった。それは、高速鉄道や建築物といった大型のものから、携帯電話などの電化製品に至るまで、先進国と遜色のないハードを作れるようになった。

 

 しかし、ハードを動かす手法・管理能力(ソフト・ウエア)はどうかといえば、まだまだ三流、よくて二流の域を出ない。それでも、かつての中国大陸と比べると、ソフト・ウェアも劇的に改善されてきてはいるが、やはり、「利他精神の乏しい大陸の人々」の「サービス精神の低さからくる詰めの甘さ」が各所で露見している。

 

 行政サービスのレベルの低さ、国営企業のサービスの愚鈍さ、電子機器にインストールされたソフト・ウェアの使い勝手の悪さ、各種HPの煩わしいまでのPUSH広告機能、各種機関から発表される見る者の利便を考えていない不備の多い統計数値、マンションなどの管理運営のまずさ、党中央の顔色を窺うメディア(コンテンツ)の情報の乏しさなどなど。

 

 今日、「望京SOHO」には、各種投資会社、IT系企業、文化系企業などが入居するが、高い家賃を払えるだけの付加価値の高い高収益企業を「創造」しない限り、他の数多あるSOHO同様にテナントやオフィスの入れ替わりの激しい状況が続きそうだ。また、近隣には新しくSOHOが幾つもオープンしている。箱(ハード・ウェア)だけは沢山造る能力はあるのだが、箱を使って生み出す「ソフト・ウェア創造力」がまだ「国外の模倣の段階」であり、国際的に競争できる水準に育っていないのが大きな問題として露呈しつつある。

 

 ザハ・ハディド氏が北京に残した「デザインは一流のハード・ウェア(望京SOHO)」が、「豚に真珠」とならないとよいのだが。

「創造」なしには、これ以上の発展はない。