バンコクの素敵な船着場:ティエン船着場

 

曲がりくねったチャオプラヤー川とその支流の川面は、多くのバンコキアンたちの通勤・通学の「道」として、現役の船が行き交い活気がある。

 

人それぞれ、好きな船着場の景色やその界隈の雰囲気があると思うが、私が特に思い入れの深い船着場は、バンコク最古のお寺であるワット・ポーと王宮の裏手にある、ティエン船着場界隈だ。

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チェンマイで世界最高クラスのカフェ・ラテを愉しむ

 

 前回、「普通の街になりつつあるチェンマイ」という感慨を書きました。

 

 今回は、そんなチェンマイにある素敵なカフェについて。

 

 

 すでに普通の街ではあるチェンマイにも、「これは!」というカフェを見つけることはできる。チェンマイでは有名なRistr8to Coffeeがそれだ。

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普通の街になりつつあるタイ王国チェンマイ

 

 タイ王国のチェンマイは、バンコクについで王国第二の都市として勢いのある地である。しかし、「ここは!」という見所がないのも、バンコク譲りである。観に行った人の多くががっかりすると言われる市内中心部にある「ターペー門」、山の上の「ドイ・ステープ寺」(寺はいまいちだが、景色はそれなりに良い。外人料金30Bを徴収する辺りがタイ人らしい)など、肩透かしを喰らう。

 

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タイ王国北部の町パイにて、美しい日の出を望む

 

 タイ王国の北西地域、ミャンマーと国境を接する辺りに、マエホンソン県はある。ここは多くが森林に覆われた緑豊かな土地であり、タイ王国の中でも、自然が多く残された場所として有名だ。訪れる人の多いチェンマイ県、チェンライ県の西側に位置する。

 

10年ばかり前まではタイの中でも最も穏やかな顔をもつ地として知られていたが、昨今では中国大陸からの旅行者が大挙しており、様相を変えつつある。

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旅人の友人達を連れ、バンコクのゲイ・ストリートに

 

 以前バンコクで有名なゲイ・ストリートについて前に書きました。今回はその派生編です。

 

 

 かつて、ラオスからタイへと向かう旅路で知り合った中国人の旅人タイガーと、バンコクの宿で知り合ったアメリカはサンフランシスコ出身のケイトを連れ、バンコク一有名なゲイ・ストリートであるシーロム・ソイ4、パッポンのレディー・ボーイ(LB)のお店、最後にハードな方のゲイ・ストリートと梯子をしたことがある。

 

 パッポンはどこもドリンク代が150Bに値上げされており、女性やLBへのドリンク代は200Bとなっていた。時代の流れを感じる。今はもっと高いのだろうか。

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裸の王様

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帰ってきた、MBKムエタイ・ナイト!

 

※2019年の雨季になり、MBKムエタイ・ナイトが帰ってきました!

 

 

 「世界最強の立ち技格闘技」との呼び声も高いムエタイであるが、タイ王国の首都バンコクではこの試合を無料で観戦する方法がある。

 

 

 バンコクの中でも最も栄えた繁華街であるサイアム。BTSのナショナル・スタジアム駅を降りたところにあるショッピング・モールとオフィスタワーの複合施設であるMBK(マーブンクロック)の東急デパート玄関口にて、毎週水曜日の夜にタイ・ボクシングであるムエタイの試合が行われているのだ。

 

 

(※開催日程や時間は要確認)

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タイ王国の猿山にて日の出を観る

 

 プラチュアップ・キーリー・カン県は、海辺が東に向いているので「日の出」を拝むことができる。パタヤやプーケット島の多くのビーチのあるエリアは主に西向きなので、「日の入り」を観ることができるが、やはり爽やかな1日のスタートを切るには、「日の出」を拝める方向の海の方が良い。

 

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タイ王国の港町:プラチュアップ・キーリー・カン

 

 タイ王国には世界的に有名な海辺の街がいくつかある。知名度の高いプーケット島やパタヤの街は、静かに海辺で寛ぎたい人々にはお勧めできない地に成り果ててしまった。

 

 

 どちらにも多くの中国大陸人(ここで大陸人と書く場合、多くの場合「漢民族」を指す。少数民族は価値観が異なるので)が押し寄せており、また大挙する団体の一角を占めるロシア人の群れも、ロシア語だけで生活のできる独自のコミュニティを形成している。

 

 プーケット島やパタヤは、多くの人にとっての「旅先」としての賞味期限を過ぎ、すでに「漢民族やロシア人の生活圏に組み込まれた島や街」となっている。

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タイ王国のビールの水割り

 

 

 タイ王国で麦酒といえば、特に有名なものが3種ある。

 ビア(タイ語で麦酒は英語のビア)・シン、ビア・レオ、そして象の名を冠したビア・チャーンだ。

 

 値段はビア・シン、ビア・レオ、ビア・チャーンの順に安くなるのであるが、最も度数が高いのはビア・チャーンである。この3種の中では、ビア・チャーンは手っ取り早く酔いたい人たち向けの麦酒とも言える。

 

 さらに安いアーチャーなる酒類もあるが、相当に不味いことで知られる。ミャンマーやラオスからの出稼ぎ工事現場員ぐらいしか飲まず、タイ人でも常飲している人は少ないのではないか、という味だそうだ。    

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パッタイ(タイ焼きそば)の有名店:ティプサマイ

 

 パッタイ(Phad Thai)とは、タイ王国の焼きそばである。

海老(ゴン)入りのパッタイ・ゴン、豚肉(ムー)入りのパッタイ・ムーなど、具材によって最後に付く名詞が変わる。

 

 バンコクで最も有名なパッタイ屋といえば、2バーツの硬貨でおなじみのゴールデン・マウンテン近くにあるティプサマイ(Thipsamai)であろう。

 

 夕方にオープンし、日付が変わる頃には店じまいしてしまうのだが、店内はいつも満席で、店の外や近所の店の前に設置された「仮設の座席」も満席となっていることが多い。異邦人の客も多いが、現地タイ人のお客が多く足を運ぶことからも、その人気のほどが伺える。いわゆる「行列のできるお店」である。

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タイ王国の7-11とほぼセットの動物

 

 

 タイ王国のコンビニエンス・ストア業界の王者は、日本と同じくセブン-イレブンである。

 

 タイ王国のセブン-イレブンはCPグループが米国セブン-イレブンの指導のもと、1988年に創業し、翌1989年、第1号店をなんと「大人と子供のワンダーランド」である「パッポン通り」にオープンしたという。まずはパッポンからというあたり、やはり時々はアメージング・タイランドだ。確かに夜になっても人通りの多い場所ではあるが、逆に日中の人口は少ない。

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ピンクのカオ・マンガイ

 

 カオ・マンガイ、タイ王国のほぼ全土で食べられる庶民的な鶏ご飯料理の名だ。

 

 本来は中国の「海南鶏飯(はいなん じーふぁん)」と呼ばれる料理であったチキン・ライスが、華僑のタイ王国への渡来と共に伝わったと考えられる。

 

 元々の海南鶏飯は、別々に盛り付けられた蒸し鶏とご飯とを一緒に食べるスタイルの料理であった。東南アジアへ伝わるにつれ、ご飯の上に鶏肉が載るようになり、ベトナムではおかずがフライド・チキンのものが増えたり、マレーシアのマラッカではご飯をボール状にしたりといった具合に、少しずつ変化して各地に根付いている。

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変わりゆくカオサン通りと、変わらないもの

 

 東南アジア諸国の物価の上昇は凄まじい。

 タイ王国はバンコクにあり、世界中からのバックパッカーたちを集めてきたかつての安宿街カオサン通りでも、安宿が次第に減りつつある。

 

 一昔前、数十バーツでドミトリーの部屋に泊まることができたカオサン通りであるが、今日ではドミトリーでも200バーツ前後はみておかないとならない。

 

 また、ここ10年ほどでカオサンとは思えない宿泊料のホテルも増え、一泊2000バーツも下らないホテルがあるなど、かつてのカオサンを知る旅人からは、その変わりように溜息が漏れることだろう。

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タイ王国の象

 

 タイ王国では、象は神聖な動物として扱われてきた。特に体の何割以上が白い「白象」は、通称「象法」の規定で、国王に寄進する義務があるという。先代のタイ王国の国王、プミポン国王は7頭もの白象を所有していたという。

 

 しかし、時の国王も寄進される象を無償で接収するわけではなく、多額の褒賞と名誉を象の所有者であったものに与えるというから、白象の所有者となった者からすれば、「金の卵」のようなものだ。

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JTH: バンコク中心部にある居心地の良い空間

 

 初めてバンコクを訪れる人を歓待する際の選択肢によく挙がる場所の一つに、タイ・シルクの製造・販売で成功したアメリカ人、ジム・トンプソンの暮らしていた家(ジム・トンプソン・ハウス:JTH)がある。バンコク中心部にありながら、小径(ソイ)の一番奥にあるので、喧騒からは隔絶された空間である。邸宅のすぐ裏にはチャオプラヤー川の支流も流れる、贅沢な住空間であった場所だ。

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タイ人の多くは、自分が何曜日生まれか知っている。

 

 自分の誕生日を知らない人は少ない。特殊な事情がない限り、「何年何月何日」とソラで言えるはずだ。日本人なら、ここに「平成」だの「昭和」だのと、日本ならではの「区切り方」が加わる。

 

 しかし、「自分が何曜日に生まれたのか」を即答できる日本人は少ない。ところが、タイ人の多くはこの問いに即答できる。なぜか?それは今日のタイ仏教では、何曜日に生まれたかが意味を持つ「仕組みがあるから」である。

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バンコクの中華街からタイの富裕層へ上り詰めた華人たち

 

 タイ王国はバンコクの中華街(ヤワラット)は、タイ王国の富裕層となった華僑の人々の故郷のような場所である。中国から流れてきた近世代の中国人たちは、まずバンコクのこの地にタイ国王から居住区を与えられ、ここで必死に商いをして成功し、タイの各地でもビジネスを拡大していったという。