曼谷華僑の夢の跡「廊1919」の媽祖廟

 

前回のブログ「曼谷華僑の夢の跡 廊1919を歩く」からの続きです。

 

 

「廊 1919」では「コの字型」に建物が配置されている。その建物群の中央に「媽祖廟」が鎮座する。タイ王国の南端のマレーシアに隣接した地域には、イスラム教を信仰する人が多いが、その他の地域は「ほぼ全域が仏教徒の国」であり、こうした「中国沿岸部の儒教を祖とする廟」はどちらかというと珍しい。

続きを読む

曼谷華僑の夢の跡 「廊1919」を歩く

 

前回のブログ「曼谷華僑の夢の跡 廊1919に想う」からの続きです。

 

 

城壁のような「廊 1919」のエントランスの門をくぐると、そこには華僑・華人テイストな中庭が広がっている。敷地と建物の配置をざっくりと乱暴に描写すると、細長い敷地の周囲を囲むように、「コの字型」に建物が配置されており、その中央に媽祖廟からチャオプラヤー川まで中庭が続く。

 

続きを読む

曼谷華僑の夢の跡 「廊1919」に想う

 

前回のブログ「曼谷華僑の夢の跡 廊1919からの続きです。

 

 

コロナ禍が始まる前には、それなりに訪れる人も多かったであろう「廊1919」であるが、今は辛うじてオープンしているものの、まだ施設の半分ぐらいは休眠状態であり、訪れる人の姿もまばらである。逆に、大声で話したり自撮りに夢中になる大陸からの観光客などが全くいない分、とても快適である。

 

続きを読む

曼谷華僑の夢の跡 「廊1919」

 

意外というほどのことでもないが、タイ王国の首都バンコク(曼谷)には、「本当に古い遺産などの見どころ」が少ない。

 

イタリアのローマを筆頭に、ヨーロッパ諸国の首都には、街中に2000年前後から数百年の遺跡がゴロゴロとあるが、タイ王国においては、そうした場所は稀有である。

 

首都として既に三百年かそこらの歴史はあるバンコクだが、多くの建物は、古いものでも数十年以下の比較的日の浅い歴史しか有しておらず、一見古そうに見えても、実の所、かなり真新しい建物ばかりの街なのである。

 

タイ王国の歴史自体が、スコータイ王朝の八百年ほど前からのものなので、そもそもイタリアなどとは比べようもないのだけれど、それにしても「本当に古いもの」は少ない。

 

百年かそこらの築年数の建造物でも、三百年の都バンコクにおいては「かなり古い遺跡」というレベルの場所となる。そういう意味では、チャオプラヤー川沿いの華僑の夢の跡である「廊1919(英語表記:Lhong 1919)」もそれに当たるのだろう。

 

続きを読む

優しい木漏れ日を楽しめる庭園:リトル・トリー

 

前回のブログ、「花をあしらった料理の数々:リトル・トリー」からの続きです。

 

食事の会計を済ませ、リトル・トリーの敷地内を散策してみることにする。すぐに観て終わるかと思いきや、入り口付近の建物に席を求め食事を摂っていたので気がつかなかったのであるが、実は予想していたよりも遥かに奥行きのある敷地であることが分かった。

 

そもそも、ガーデン・カフェにしては広めの駐車場から、リトル・トリー本体の門に達するまでに、バイオ・トープを横目に木製の桟橋を渡るだけでも数十メートルは歩いている。さらに門をくぐった入口からずっと奥行きのある空間に、大小いくつもの建物があるのが「リトル・トリー ガーデン・カフェ」の総体なのであることをこの時になって知る。

続きを読む

花をあしらった料理の数々:リトル・トリー

 

前回のブログ、「タイ王国の心地良いレストラン:リトル・トリー」からの続きです。

 

リトル・トリーの門をくぐると、そこにはセンスの良い空間が広がっていた。各テーブルの上には種類の違う一輪挿しが置かれ、目を楽しませてくれる。テーブル間は日本のレストランのようにせせこましく密着しておらず、適度な距離を保っている。

 

庭園の中に張り巡らされた小径には、多くの樹木が咲き誇り、点在する建物がそれぞれカフェやレストラン、ほぼ無人のショップとして使われている。一つのレストランの中に、趣の異なる空間がいくつも入っているような、宝箱的な楽しさを覚える。

 

ランチをするにしても、お昼時にもなると、人気店だけあり混んでくるので、可能であればお昼少し前からここを訪れると良いだろう。より快適にリトル・トリーでの滞在時間を楽しめるはずだ。

続きを読む

タイ王国の心地良いレストラン:リトル・トリー

 

日本でも海外でも、「ここは居心地が良いな、癒されるな」というレストランを見つけるのは難しい。人によっては、「そんなの至る所にあるよ」という人もいるかもしれないが、私は滅多に「ここは心底快適だな」と思えるレストランに腰を下ろせたことがない。

 

そう思えるかどうかは、その時の自分自身の心身のコンディション、そこを一緒に訪れた連れ、天気や湿度、他のお客さんたちの顔ぶれ、お店のスタッフのフィーリング、肩肘張らなくても済む値段設定などにも左右されるので、割と運もあるだろう。

 

いつも忙しない雰囲気のタイ王国の首都バンコク。このバンコク都の西側に、とても快適なレストランを見つけた。まだ一度しか行ったことがないのだけれど、「ここにはまた友人や家族を連れて来たいな」と思わせるだけの魅力のある場所であった。

 

 

その名は「Little Tree(以下リトル・トリー)Garden Cafe」。

 

バンコク都から車で小一時間ほど西に行ったところにある、ナコン・パトム県にある。

続きを読む

泰緬国境沿いのシンコン国境市場を歩く

 

 前回のブログ「泰緬国境のシンコン国境市場に想う」からの続きです。

 

 

プラチュアップ・キーリー・カーン県とミャンマーを結ぶ国境ゲートであるシンコン・ボーダーのすぐ南側に、小振りながらもミャンマー情緒の感じられる市場がある。国境近辺を行き交う車のナンバーを見ていると、タイのナンバーに混ざって、ミャンマー・ナンバーの随分とくたびれた車もある。

 

グーグル・マップを見ると、「ショッピング・モール」であったり、「土産物屋」であったり、はたまた「骨董屋」のような表記があるが、どれも小さな商店のような佇まいであり、かつ密集しているので、これらをひっくるめて「シンコン国境市場」と呼んでおこう。文字変換すると「新婚国境市場」とまず出るが、新婚の雰囲気は全然ない。至って普通の、「ミャンマー人の、ミャンマー人による、ミャンマー人と時々外国人のための市場」だ。

続きを読む

泰緬国境のシンコン国境市場に想う

 

前回のブログ「タイ王国とミャンマーの地元民専用の国境」からの続きです。

 

 

「地元民専用の国境」であるタイ王国はプラチュアップ・キーリー・カーン県とミャンマーとを結ぶシンコン国境の付近には、多くのミャンマー人が住んでいる。ひょっとすると、この辺りに住んでいる人の多くは、タイの国境職員や国境警備隊を除くと、ほとんどがミャンマーの人々なのでないかというほどに、ミャンマー人比率の高いエリアである。

 

他にも北はチェンライ、北西部のターク(メーソット)、西のカンチャナブリ、南のラノーンと数箇所ある泰緬国境を考えても、ここはそもそもの母集団が小さいながらもミャンマー人比率が特出している。

 

国境ゲートの南側に、いくらか開けた「駐車場兼市場」があり、まだタイ王国の領土でありながら、すでにミャンマー情緒の感じられる場所となっている。タイ王国の中に、ミャンマーがめり込んでいるような感覚を覚える。

続きを読む

タイとミャンマーの地元民専用の国境:シンコン国境

 

ミャンマー情勢が酷いことになっている。

 

202121日のミャンマー軍の出鱈目な理由のクーデターに対し、平和的に抗議していたミャンマーの人々。そんな市民が分かっているだけでも70人以上も虐殺されている。

 

また、拘束されてそのまま拷問中に殺され、遺棄された人々もいることを考えると、すでに三桁の犠牲者が出ているであろう。国連軍が早く出動しないと、ロヒンギャ族の迫害・虐殺のようなことが、ミャンマー全土に拡大しつつある。本当に解決すべき大変なことが起こっていても、「見ているだけ」という野良猫のような国連のお家芸が、残念ながらここでも披露されつつある。ミャンマーの友人・知人たちが無事であることを願ってやまない。

 

鼻を伸ばした象の顔のような地形のタイ王国。その鼻の部分にあたり、プラチュアップ・キーリー・カーン県のあたりが、タイ王国の国土で「最も細い部分」となる。タイ湾から陸路で西へとほんの14キロほどいくと、そこにはもうお隣のミャンマーへの国境であることは前回のブログ「森の中のお寺」でも書いた。

続きを読む

タイ王国「ある森の中のお寺」:カオ・ヒン・ターン寺

 

前回のブログ、「金満寺にみえる、パークナム寺」からの続きです。

 

 

鼻を伸ばした象の顔のような地形のタイ王国。その鼻の部分にあたり、プラチュアップ・キーリー・カーン県のあたりが、タイ王国の国土で「最も細い部分」となる。タイ湾から陸路で西へとほんの14キロほどいくと、そこにはもうお隣のミャンマーへの国境があるのである。

 

ここにあるボーダーは、地元のタイ人とミャンマー人しか越境することができず、他の国籍の人々は国境のどちらかから「見るだけ」となる。それでも、国境の真近まで行くと、ミャンマーの人々のローカル・マーケットなどもあり、異国情緒を感じるために訪れる人もいる。

 

このタイ王国・ミャンマー連邦共和国のボーダーから山の中の道へと寄り道をすること数キロ、「森の中の寺」はひっそりとしたタイ王国とミャンマー国教沿いの山中に鎮座するのであった。

 

 

この「森の中の寺」、その名を「カオ・ヒン・ターン寺」という。

続きを読む

金満寺にみえる、パークナム寺に想う

 

前回のブログ、「巨大坐像を建造中のパークナム寺」からの続きです。

 

 

多層階の駐車スペースすら持つパークナム寺の境内を散策してみると、この寺の資本力の凄さが感じられる。

 

「完成間近の巨大坐像」しかり、「大仏塔(パゴダ)の中の有名なエメラルドの仏塔」しかり、さらには大仏塔の中5階までの宝物庫にも大量の物品が納められている。パゴダの内部は全て、パークナム寺が集めてきた、あるいは信者から寄進された仏教関係の宝物で埋め尽くされているのである。

 

しかも、ここに展示されているのは、このアユタヤ時代から続くパークナム寺の持つ資産のごく一部なのであろうことは、そのコレクションの量と雰囲気から察せられる。

続きを読む

巨大坐像を建造中のパークナム寺

 

数年前まで、バンコクの都市交通網の開発は、東へ南東へと進んでいく傾向が強かった。しかし、このところ西にも少しずつ地下鉄・モノレール網が拡大オープンしつつあるようだ。

 

タイ王国中に有名なパークナム寺は、バンコクの西側、MRTブルー・ラインのバーン・パイ駅から徒歩圏内にあり、写真の絵的に映えることもあり、旅行者にも人気のお寺である。

続きを読む

バンコクの中心部にありながら、参観者が極度に少ない寺

 

 バンコクの中心地、高級ショッピング・モールやタイ王国屈指の大学であるチュラロンコーン大学、タイ国民から人気の高い王女様の住まいなどがあるサイアム地区。その広さや各式とは裏腹に、いつも参観者の少ない寺がある。

 

 このお寺、正式名称は「パトゥムワナラム・ラチャウォラウィハン寺」というらしいが、長過ぎるので「パトゥム寺」(ワット・パトゥム)と呼ぼう。タイ人の友人もその名前で覚えていた。

続きを読む

バンコクの素敵な船着場:ティエン船着場

 

曲がりくねったチャオプラヤー川とその支流の川面は、多くのバンコキアンたちの通勤・通学の「道」として、現役の船が行き交い活気がある。

 

人それぞれ、好きな船着場の景色やその界隈の雰囲気があると思うが、私が特に思い入れの深い船着場は、バンコク最古のお寺であるワット・ポーと王宮の裏手にある、ティエン船着場界隈だ。

続きを読む

チェンマイで世界最高クラスのカフェ・ラテを愉しむ

 

 前回、「普通の街になりつつあるチェンマイ」という感慨を書きました。

 

 今回は、そんなチェンマイにある素敵なカフェについて。

 

 

 すでに普通の街ではあるチェンマイにも、「これは!」というカフェを見つけることはできる。チェンマイでは有名なRistr8to Coffeeがそれだ。

続きを読む

普通の街になりつつあるタイ王国チェンマイ

 

 タイ王国のチェンマイは、バンコクについで王国第二の都市として勢いのある地である。しかし、「ここは!」という見所がないのも、バンコク譲りである。観に行った人の多くががっかりすると言われる市内中心部にある「ターペー門」、山の上の「ドイ・ステープ寺」(寺はいまいちだが、景色はそれなりに良い。外人料金30Bを徴収する辺りがタイ人らしい)など、肩透かしを喰らう。

 

続きを読む

タイ王国北部の町パイにて、美しい日の出を望む

 

 タイ王国の北西地域、ミャンマーと国境を接する辺りに、マエホンソン県はある。ここは多くが森林に覆われた緑豊かな土地であり、タイ王国の中でも、自然が多く残された場所として有名だ。訪れる人の多いチェンマイ県、チェンライ県の西側に位置する。

 

10年ばかり前まではタイの中でも最も穏やかな顔をもつ地として知られていたが、昨今では中国大陸からの旅行者が大挙しており、様相を変えつつある。

続きを読む

旅人の友人達を連れ、バンコクのゲイ・ストリートに

 

 以前バンコクで有名なゲイ・ストリートについて前に書きました。今回はその派生編です。

 

 

 かつて、ラオスからタイへと向かう旅路で知り合った中国人の旅人タイガーと、バンコクの宿で知り合ったアメリカはサンフランシスコ出身のケイトを連れ、バンコク一有名なゲイ・ストリートであるシーロム・ソイ4、パッポンのレディー・ボーイ(LB)のお店、最後にハードな方のゲイ・ストリートと梯子をしたことがある。

 

 パッポンはどこもドリンク代が150Bに値上げされており、女性やLBへのドリンク代は200Bとなっていた。時代の流れを感じる。今はもっと高いのだろうか。

続きを読む

裸の王様

続きを読む

タイ王国:帰ってきた!MBKムエタイ・ナイト!

 

※2019年の雨季になり、MBKムエタイ・ナイトが帰ってきました!

その後、またMBKムエタイ・ナイトは無くなったようです。

「そうした催しが過去にあった」という記事になりました。

 

 

 「世界最強の立ち技格闘技」との呼び声も高いムエタイであるが、タイ王国の首都バンコクではこの試合を無料で観戦する方法がある。

 

 

 バンコクの中でも最も栄えた繁華街であるサイアム。BTSのナショナル・スタジアム駅を降りたところにあるショッピング・モールとオフィスタワーの複合施設であるMBK(マーブンクロック)の東急デパート玄関口にて、毎週水曜日の夜にタイ・ボクシングであるムエタイの試合が行われているのだ。

 

 

 

続きを読む

タイ王国の猿山にて日の出を観る

 

 プラチュアップ・キーリー・カン県は、海辺が東に向いているので「日の出」を拝むことができる。パタヤやプーケット島の多くのビーチのあるエリアは主に西向きなので、「日の入り」を観ることができるが、やはり爽やかな1日のスタートを切るには、「日の出」を拝める方向の海の方が良い。

 

続きを読む

タイ王国の港町:プラチュアップ・キーリー・カン

 

 タイ王国には世界的に有名な海辺の街がいくつかある。知名度の高いプーケット島やパタヤの街は、静かに海辺で寛ぎたい人々にはお勧めできない地に成り果ててしまった。

 

 

 どちらにも多くの中国大陸人(ここで大陸人と書く場合、多くの場合「漢民族」を指す。少数民族は価値観が異なるので)が押し寄せており、また大挙する団体の一角を占めるロシア人の群れも、ロシア語だけで生活のできる独自のコミュニティを形成している。

 

 プーケット島やパタヤは、多くの人にとっての「旅先」としての賞味期限を過ぎ、すでに「漢民族やロシア人の生活圏に組み込まれた島や街」となっている。

続きを読む

タイ王国のビールの水割り

 

 

 タイ王国で麦酒といえば、特に有名なものが3種ある。

 ビア(タイ語で麦酒は英語のビア)・シン、ビア・レオ、そして象の名を冠したビア・チャーンだ。

 

 値段はビア・シン、ビア・レオ、ビア・チャーンの順に安くなるのであるが、最も度数が高いのはビア・チャーンである。この3種の中では、ビア・チャーンは手っ取り早く酔いたい人たち向けの麦酒とも言える。

 

 さらに安いアーチャーなる酒類もあるが、相当に不味いことで知られる。ミャンマーやラオスからの出稼ぎ工事現場員ぐらいしか飲まず、タイ人でも常飲している人は少ないのではないか、という味だそうだ。    

続きを読む

パッタイ(タイ焼きそば)の有名店:ティプサマイ

 

 パッタイ(Phad Thai)とは、タイ王国の焼きそばである。

海老(ゴン)入りのパッタイ・ゴン、豚肉(ムー)入りのパッタイ・ムーなど、具材によって最後に付く名詞が変わる。

 

 バンコクで最も有名なパッタイ屋といえば、2バーツの硬貨でおなじみのゴールデン・マウンテン近くにあるティプサマイ(Thipsamai)であろう。

 

 夕方にオープンし、日付が変わる頃には店じまいしてしまうのだが、店内はいつも満席で、店の外や近所の店の前に設置された「仮設の座席」も満席となっていることが多い。異邦人の客も多いが、現地タイ人のお客が多く足を運ぶことからも、その人気のほどが伺える。いわゆる「行列のできるお店」である。

続きを読む

タイ王国の7-11とほぼセットの動物

 

 

 タイ王国のコンビニエンス・ストア業界の王者は、日本と同じくセブン-イレブンである。

 

 タイ王国のセブン-イレブンはCPグループが米国セブン-イレブンの指導のもと、1988年に創業し、翌1989年、第1号店をなんと「大人と子供のワンダーランド」である「パッポン通り」にオープンしたという。まずはパッポンからというあたり、やはり時々はアメージング・タイランドだ。確かに夜になっても人通りの多い場所ではあるが、逆に日中の人口は少ない。

続きを読む

ピンクのカオ・マンガイ

 

 カオ・マンガイ、タイ王国のほぼ全土で食べられる庶民的な鶏ご飯料理の名だ。

 

 本来は中国の「海南鶏飯(はいなん じーふぁん)」と呼ばれる料理であったチキン・ライスが、華僑のタイ王国への渡来と共に伝わったと考えられる。

 

 元々の海南鶏飯は、別々に盛り付けられた蒸し鶏とご飯とを一緒に食べるスタイルの料理であった。東南アジアへ伝わるにつれ、ご飯の上に鶏肉が載るようになり、ベトナムではおかずがフライド・チキンのものが増えたり、マレーシアのマラッカではご飯をボール状にしたりといった具合に、少しずつ変化して各地に根付いている。

続きを読む

変わりゆくカオサン通りと、変わらないもの

 

 東南アジア諸国の物価の上昇は凄まじい。

 タイ王国はバンコクにあり、世界中からのバックパッカーたちを集めてきたかつての安宿街カオサン通りでも、安宿が次第に減りつつある。

 

 一昔前、数十バーツでドミトリーの部屋に泊まることができたカオサン通りであるが、今日ではドミトリーでも200バーツ前後はみておかないとならない。