パッタイ(タイ焼きそば)の有名店:ティプサマイ

 

 パッタイ(Phad Thai)とは、タイ王国の焼きそばである。

海老(ゴン)入りのパッタイ・ゴン、豚肉(ムー)入りのパッタイ・ムーなど、具材によって最後に付く名詞が変わる。

 

 バンコクで最も有名なパッタイ屋といえば、2バーツの硬貨でおなじみのゴールデン・マウンテン近くにあるティプサマイ(Thipsamai)であろう。

 

 夕方にオープンし、日付が変わる頃には店じまいしてしまうのだが、店内はいつも満席で、店の外や近所の店の前に設置された「仮設の座席」も満席となっていることが多い。異邦人の客も多いが、現地タイ人のお客が多く足を運ぶことからも、その人気のほどが伺える。いわゆる「行列のできるお店」である。

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タイ王国の7-11とほぼセットの動物

 

 

 タイ王国のコンビニエンス・ストア業界の王者は、日本と同じくセブン-イレブンである。

 

 タイ王国のセブン-イレブンはCPグループが米国セブン-イレブンの指導のもと、1988年に創業し、翌1989年、第1号店をなんと「大人と子供のワンダーランド」である「パッポン通り」にオープンしたという。まずはパッポンからというあたり、やはり時々はアメージング・タイランドだ。確かに夜になっても人通りの多い場所ではあるが、逆に日中の人口は少ない。

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ピンクのカオ・マンガイ

 

 カオ・マンガイ、タイ王国のほぼ全土で食べられる庶民的な鶏ご飯料理の名だ。

 

 本来は中国の「海南鶏飯(はいなん じーふぁん)」と呼ばれる料理であったチキン・ライスが、華僑のタイ王国への渡来と共に伝わったと考えられる。

 

 元々の海南鶏飯は、別々に盛り付けられた蒸し鶏とご飯とを一緒に食べるスタイルの料理であった。東南アジアへ伝わるにつれ、ご飯の上に鶏肉が載るようになり、ベトナムではおかずがフライド・チキンのものが増えたり、マレーシアのマラッカではご飯をボール状にしたりといった具合に、少しずつ変化して各地に根付いている。

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変わりゆくカオサン通りと、変わらないもの

 

 東南アジア諸国の物価の上昇は凄まじい。

 タイ王国はバンコクにあり、世界中からのバックパッカーたちを集めてきたかつての安宿街カオサン通りでも、安宿が次第に減りつつある。

 

 一昔前、数十バーツでドミトリーの部屋に泊まることができたカオサン通りであるが、今日ではドミトリーでも200バーツ前後はみておかないとならない。

 

 また、ここ10年ほどでカオサンとは思えない宿泊料のホテルも増え、一泊2000バーツも下らないホテルがあるなど、かつてのカオサンを知る旅人からは、その変わりように溜息が漏れることだろう。

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タイ王国の象

 

 タイ王国では、象は神聖な動物として扱われてきた。特に体の何割以上が白い「白象」は、通称「象法」の規定で、国王に寄進する義務があるという。先代のタイ王国の国王、プミポン国王は7頭もの白象を所有していたという。

 

 しかし、時の国王も寄進される象を無償で接収するわけではなく、多額の褒賞と名誉を象の所有者であったものに与えるというから、白象の所有者となった者からすれば、「金の卵」のようなものだ。

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JTH: バンコク中心部にある居心地の良い空間

 

 初めてバンコクを訪れる人を歓待する際の選択肢によく挙がる場所の一つに、タイ・シルクの製造・販売で成功したアメリカ人、ジム・トンプソンの暮らしていた家(ジム・トンプソン・ハウス:JTH)がある。バンコク中心部にありながら、小径(ソイ)の一番奥にあるので、喧騒からは隔絶された空間である。邸宅のすぐ裏にはチャオプラヤー川の支流も流れる、贅沢な住空間であった場所だ。

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タイ人の多くは、自分が何曜日生まれか知っている。

 

 自分の誕生日を知らない人は少ない。特殊な事情がない限り、「何年何月何日」とソラで言えるはずだ。日本人なら、ここに「平成」だの「昭和」だのと、日本ならではの「区切り方」が加わる。

 

 しかし、「自分が何曜日に生まれたのか」を即答できる日本人は少ない。ところが、タイ人の多くはこの問いに即答できる。なぜか?それは今日のタイ仏教では、何曜日に生まれたかが意味を持つ「仕組みがあるから」である。

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バンコクの中華街からタイの富裕層へ上り詰めた華人たち

 

 タイ王国はバンコクの中華街(ヤワラット)は、タイ王国の富裕層となった華僑の人々の故郷のような場所である。中国から流れてきた近世代の中国人たちは、まずバンコクのこの地にタイ国王から居住区を与えられ、ここで必死に商いをして成功し、タイの各地でもビジネスを拡大していったという。

 

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鉄道の線路上に展開するマエクロン市場

 

 鉄道の線路のすぐ近く、それも「鉄道の敷地内」だと思われる場所に暮らす人々が、東南アジアや南アジアには、少なからず存在する。

 

 日本や韓国・中国など、鉄道サービスのすっかり近代化した東アジアでは考えられないことであるが、逆にそれらの地域に足を運んでみると、人々はそれが「自然なこと」であると考え暮らしており、日本や韓国・中国のように「きっちり管理された鉄道網」の方が、逆になんだか不自然に思えてくるから面白い。

 

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タイ人のジグザグ思考

 

 タイ王国で生活をしてみると、嫌でも思い知らされるのが、「タイ人のジグザグ思考」だ。

 

 車やバイクの運転を見れば、明らかにジグザグ走行である。少しでも隙間があれば、車もバイクもそこに突進していくだけでなく、タクシーやバスなども無闇やたらと車線変更をしている。

 

 「街の作り」もジグザグである。毛細血管のように複雑に絡み合った道が有機的に働いているわけではなく、急に一方通行になったり、行き止まりになったり、やたらと渋滞を生み出す結果となっている。

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ヘル・ファイヤー・パス・メモリアル・ミュージアム


 前回、タイ王国はカンチャナブリー県にある死の鉄道の触りを書きました。

 

 大戦中、バンコク・ヤンゴン間の415キロに渡って施設された「死の鉄道」。それらは、戦時中に爆撃され無くなった部分、戦後そのままタイ王国の鉄道網に吸収された部分もあれば、廃路となり線路は資源として再利用された部分もあり、今日ではタイ・ミャンマー間を繋ぐ路線は残っていない。

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タイ王国:死の鉄道(日本軍の負の遺産)

 

 タイ王国の首都バンコクから西に130キロばかり行ったところに、カンチャナブリー県の県庁所在地であるカンチャナブリー市はある。夏の猛暑で知られるカンチャナブリー県には、第二次世界大戦中に日本軍が残した、悪名高き「死の鉄道(Death Railway)」の一部が残っている。

 

 「一部が残っている」というのは、この路線は完成直後に連合軍の攻撃で破壊され、現在に至るまでタイ王国とミャンマーとを結ぶこの路線は、分断されたままであるからだ。

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映画化された、バンコクで最も有名な心霊スポット(後編)

 

 前回の「おそらく、バンコク一有名な心霊スポット(前編)」の続きです。

 

 

 バンコク一有名な心霊スポットである「サソーン・ユニーク・タワー」は、「心霊フィクション」ではあるが映画化もされている。2017年に公開されたタイ映画「The Promise」がそれである。

 

 アジア通貨危機の頃、二人の女子高生が「サソーン・ユニーク・タワー」で一緒に拳銃自殺をしようとするが、一人が死んだところで、もう一人は怖じけずいてその場を逃げてしまった。20年後、娘が高校生に成長した辺りで、「約束」を果たすように霊が追いかけてくるというもの。

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おそらく、バンコク一有名な心霊スポット(前編)

 

 タイ王国の人々は、霊やお化けを信じている人が多い。霊の中にも、「先祖の良い霊」や「巷にうろつく悪い霊」など、色々なタイプの霊がいると考えられている。街中のいたるところに、先祖の霊や土地の霊を祀る祠があるのも、タイ王国ならではの光景だろう。

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バンコクでのお気に入りのカフェ(1):ライブラリー

 

 以前、タイ王国随一の高級ショッピング・モール「アイコン・サイアム」を紹介した。

 

 

 実は、このエリアにはアイコン・サイアムがオープンする前から何度か足を運んでいた。アイコン・サイアムの北側の船着場に隣接する市場や、今回紹介するカフェで、気持ちよく過ごすためである。

 

  そのカフェは、「The Jam Factory(以下ジャム・ファクトリー)」という名の施設の中にある。

 

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アユタヤの「懐かしいオモチャのミュージアム」

 

 タイ王国の歴史は、800余年前にスコータイから始まった。その後、アユタヤに遷都し、現在のバンコクへと首都は至る。

 

 バンコクから北に80キロほど行った一つ前の古都アユタヤに、「懐かしいオモチャのミュージアム」がある。その名を「ミリオン・トイ・ミュージアム」というが、実際に「百万の」オモチャがあるわけではなく、「多くの」という程度に解釈しておこう。

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郷愁を誘うタイ王国の中央駅:ホアランポーン駅

 

 大都会となったタイ王国の首都バンコク。人口規模では、日本の大阪と同じぐらいにまで成長し、背の高いビルも多く、昼は経済都市であり、夜も一部の地区では「夜のコンテンツの活気」のある街となっている。

 

 しかし、この国の鉄道の中央駅であるホアランポーン駅は、バンコクの大きな発展からは取り残されたように、その規模や機能をほとんど変えていない。近年になって、ようやく体育館のように広い吹き抜けの待合室に冷房が入るようになったぐらいで、駅の構造自体は数十年前から大きな変化がないのである。

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バンコクのアイコン・サイアムは、かなり「ハイソ〜」

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