「マレーシアの古都、世界遺産の街マラッカ」について書いています。
前回、「マラッカを台無しにしている典型例」として、「リクシャー軍団がマラッカの街の空気をどれだけスポイルしているか」を書きました。今回はよりハードな事例を紹介します。それは、「都市開発」です。
前回から、「マレーシアの古都、世界遺産の街マラッカ」について書いています。
マレーシアの古都、世界遺産の街マラッカには、「Don’t Mess with Melaka(マラッカをダメにするな)」と政策標語がある。今回と次回、そんな「世界遺産の街マラッカを台無しにしている典型例」をご紹介しよう。まず今回は、ソフトな方から。
数百年の歴史を持つマレーシアの古都マラッカ。今日、マレーシアの首都はクアラ・ルンプル(以下KL)であるが、首都KLは歴史の浅い街である。
「マラッカ連邦」として1957年にイギリスから独立、1963年にシンガポール州、ボルネオのサバ州及びサラワク州の三州を加え、「マレーシア連邦」として成立。イギリスからの独立当初の名称にもある通り、「マラッカ」はこの地域の中心的な街であった歴史を持つ。
マレーシアのバターワースからペナン島に渡るには、かつては渡し船が主な手段であった。しかし、マレーシアの本島とペナン島をつなぐ大橋が出来てからというもの、地元民・観光客の多くがこの橋を利用するようになっている。
これまでにペナン島には数度訪れているが、バスで橋を渡るか飛行機で直接ペナン島まで直行していたので、渡し船を使う機会がなかった。
先日、タイから南下して電車でペナンへと向かう車窓から、マレーシア北部の町並みを眺めている内に、「せっかくだから、今回は渡し船で渡ってみようかな」という気になった。
AirAsiaにて以下の記事の内容から変更があり、
荷物制限7kgが厳格化されています。
ご注意ください。(2017年4月現在)
以下は「2016年まではこうであったのだ」、ということでご覧ください。
マレーシアの格安航空会社であるAirAsia(エアー・アジア)。赤い機体に女性乗務員の赤いヤンキー的なカラーリングの制服は、旅をよくする人なら一度は目にしたことがあるだろう。アジアを中心に中東からオセアニアにも就航している。