ミャンマー人の「施しの精神」とダーク・サイド

 

 前回の「ミャンマー鉄道の特殊性」からの続きです。

 

 

 現地の数人の学生たちと一緒になって、バゴー駅の近所の民家にてトイレを借りた。女子学生たちの後に、外国人である自分に、先に用を足すようにと促してくれた男子学生たちは、自分が用を済ますまでに、なんとトイレの使用料を払ってくれていた。ミャンマーの学生に「民家のトイレ代金」を奢られてしまったのである。

 

 何度も「払うよ」といってお金を渡そうとするも、学生たちは「安いから、安いから」と固辞する。

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ミャンマー鉄道の特殊性

 

 以前、「ミャンマー鉄道は、日本とつながっているのか。」でも書いたが、ミャンマーの鉄道事情は、インドのそれと同等かそれ以上に特殊な面を持つ。(インド鉄道の場合は、インドの人々に起因するソフト面での特殊性が多いのだが、ミャンマー鉄道の場合は、システムに起因するハード面の特殊さがある。)

 

 今回は、ミャンマー鉄道の中長距離列車の特殊性に関して、もう三点ばかり追記しておこう。

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バンコクの中華街からタイの富裕層へ上り詰めた華人たち

 

 タイ王国はバンコクの中華街(ヤワラット)は、タイ王国の富裕層となった華僑の人々の故郷のような場所である。中国から流れてきた近世代の中国人たちは、まずバンコクのこの地にタイ国王から居住区を与えられ、ここで必死に商いをして成功し、タイの各地でもビジネスを拡大していったという。

 

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鉄道の線路上に展開するマエクロン市場

 

 鉄道の線路のすぐ近く、それも「鉄道の敷地内」だと思われる場所に暮らす人々が、東南アジアや南アジアには、少なからず存在する。

 

 日本や韓国・中国など、鉄道サービスのすっかり近代化した東アジアでは考えられないことであるが、逆にそれらの地域に足を運んでみると、人々はそれが「自然なこと」であると考え暮らしており、日本や韓国・中国のように「きっちり管理された鉄道網」の方が、逆になんだか不自然に思えてくるから面白い。

 

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現地人でも辛い、ベトナムの中長距離ローカル・バス

 

 ベトナム各地を移動する際に、飛行場がない町を転々とする場合、1日に数本しかない鉄道でなく、本数の多いローカル・バスを利用することが多くなる。飛行機や鉄道よりも安く、かつ頻繁に発着している中長距離ローカル・バスは、ベトナム現地を移動する人々の足として、なくてはならない存在だ。

 

 しかし、ローカル・バスの中には、外国人だとみるや料金をぼったくろうとしたり、道が空いているにも関わらず、最徐行して道端で少しでも多くの客を引こうとしたり、各種荷物を運ぶ運送業を兼業しているバスも多く、まだまだ「快適なローカル・バスの旅」と呼ぶには難しい段階にある。

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ウブド市場の「平衡感覚の優れたおばさん」達

 

 前回、「やはり手強い、バリ島はウブドの市場」を書きました。今回はその続きです。

 

 ウブドの市場を彷徨っていると、しばしば目にするのが、「頭の上に荷物を載せて歩くおばさん達」である。たまに「おじさん」もいるが、圧倒的に「おばさん」の方が頭の上に物を載せて歩いているのが多いのは、なぜなのだろう。

 

 これはインドネシアだけでなく、ミャンマーやインドでもよく目にする光景であるが、頭の上に物を載せて歩くのは、どうやら男性よりも女性の方が多いようである。

 

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やはり手強い、バリ島はウブドの市場

 

 ここ数年、毎年のようにバリ島を訪れている。訪れるたびに、かつてのバリ島の魅力は姿を消しつつあるのを肌で感じる。「(神々への)捧げもの」という意味を持つ「バリ」。この島の魅力や魔力が完全に消えてしまう前に、最後の灯火を見届けたいという想いが強い。

 

 さて、ウブドの王宮の向かいにある市場は、地元民と観光客でいつもごった返している。明け方、鶏が鳴く頃には新鮮な野菜や果物、お祈りに必要な花や装飾品などを売る業者が、近隣から小型のバンで駆けつけ、所狭しと市場の周囲や中庭を埋め尽くす。市場の中に実店舗を構える土産物屋は、少しゆっくりと営業を始めるが、店じまいも日暮れまでと遅い。しかし、生鮮食品を扱う業者は、朝方が勝負である。

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フエの街を眺望するルーフ・トップ・バーの想い出

 

 前回の「ベトナムのフエで、アオザイを撮影。」からの続きです。

 

 疾風のごとくベトナムの古都フエを去って行った「ハノイ女子三人組」。彼女たちの去った後のフエの夜風には、どこか心を締め付ける余韻が漂っていた。

 

 しかし、さすがは「アメージング・ベトナム」である。にわかに友となった人々との「惜別の余韻」を一気に冷ますイベントには事欠かない。

 

 歩いて宿へと戻る道すがら、米系の某D社などの「似非キャラクター」が古都フエの街の空気を和ませてくれていた。やれやれ。

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ベトナムのフエにて、アオザイ撮影。

 

 前回、世界文化遺産である「ベトナムはフエの王宮」で、三人のハノイ女子と知り合ったことを書きました。今回はその続きです。

 

 

 王宮の散策が済んだところで、タクシーを走らせ、ベトナム人に有名なお店まで向かう。ハノイ女子の三人に、フエの街で有名な生春巻き等の料理をご馳走になった。

 

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ベトナムの古都、世界遺産のあるフエ

 

 ベトナム人にとって、「古都フエ(Hue)」といえば、日本人にとっての「京都」のような場所に相当するのであろう。そこにはベトナム文化の源の一派があり、彼の地で暮らす人々はどこか「はんなりとした所作」を身につけているようだ。地理的にも丁度ベトナム中部にあり、京都が日本列島の中腹にあるのとも共通している。

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旅人・出張者は必携「空気汚染指数アプリ」

 

 世界最悪レベルの「空気汚染国家」として名を馳せている大国のインドや中国。世界の人々のなんと九割が、「空気汚染の深刻な地」で暮らし、年間700万人もの人々が「空気汚染が原因の各種疾病」で命を落としているという。中国大陸だけでも、年間160万人という膨大な数だ。

 

 日本で暮らしていると、そうした「空気汚染が深刻な地がある」ということを忘れてしまいがちだが、日本から一歩海外に足を踏み出すと、大抵の途上国では空気汚染が深刻であり、また先進国でも空気が汚染された街は、まだ多い。

 

 旅人や海外で働く人々に必携の無料のアプリ、「空気汚染指数」を手軽にチェックするアプリを紹介しておこう。

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ベトナムでの「典型的なぼったくり」5選

 

 ベトナムでは「多種多様なぼったくり」があるかと思われる。旅人(ベトナム人含む)や外国人が遭遇しやすい、「ぼったくりの5つの典型例」をここで紹介しよう。

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タイ人のジグザグ思考

 

 タイ王国で生活をしてみると、嫌でも思い知らされるのが、「タイ人のジグザグ思考」だ。

 

 車やバイクの運転を見れば、明らかにジグザグ走行である。少しでも隙間があれば、車もバイクもそこに突進していくだけでなく、タクシーやバスなども無闇やたらと車線変更をしている。

 

 「街の作り」もジグザグである。毛細血管のように複雑に絡み合った道が有機的に働いているわけではなく、急に一方通行になったり、行き止まりになったり、やたらと渋滞を生み出す結果となっている。

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ヘル・ファイヤー・パス・メモリアル・ミュージアム


 前回、タイ王国はカンチャナブリー県にある死の鉄道の触りを書きました。

 

 大戦中、バンコク・ヤンゴン間の415キロに渡って施設された「死の鉄道」。それらは、戦時中に爆撃され無くなった部分、戦後そのままタイ王国の鉄道網に吸収された部分もあれば、廃路となり線路は資源として再利用された部分もあり、今日ではタイ・ミャンマー間を繋ぐ路線は残っていない。

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タイ王国:死の鉄道(日本軍の負の遺産)

 

 タイ王国の首都バンコクから西に130キロばかり行ったところに、カンチャナブリー県の県庁所在地であるカンチャナブリー市はある。夏の猛暑で知られるカンチャナブリー県には、第二次世界大戦中に日本軍が残した、悪名高き「死の鉄道(Death Railway)」の一部が残っている。

 

 「一部が残っている」というのは、この路線は完成直後に連合軍の攻撃で破壊され、現在に至るまでタイ王国とミャンマーとを結ぶこの路線は、分断されたままであるからだ。

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映画化された、バンコクで最も有名な心霊スポット(後編)

 

 前回の「おそらく、バンコク一有名な心霊スポット(前編)」の続きです。

 

 

 バンコク一有名な心霊スポットである「サソーン・ユニーク・タワー」は、「心霊フィクション」ではあるが映画化もされている。2017年に公開されたタイ映画「The Promise」がそれである。

 

 アジア通貨危機の頃、二人の女子高生が「サソーン・ユニーク・タワー」で一緒に拳銃自殺をしようとするが、一人が死んだところで、もう一人は怖じけずいてその場を逃げてしまった。20年後、娘が高校生に成長した辺りで、「約束」を果たすように霊が追いかけてくるというもの。

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おそらく、バンコク一有名な心霊スポット(前編)

 

 タイ王国の人々は、霊やお化けを信じている人が多い。霊の中にも、「先祖の良い霊」や「巷にうろつく悪い霊」など、色々なタイプの霊がいると考えられている。街中のいたるところに、先祖の霊や土地の霊を祀る祠があるのも、タイ王国ならではの光景だろう。

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ベトナムの方がタイより、ずっとアメージングだ。

 

 タイ王国の観光キャッチ・フレーズに、「アメージング・タイランド」というものがある。「驚くべきタイ王国」。そう、「かつてはそうだった」と思う。しかし、タイ王国の多くの「驚くべき自然」は観光地化され消耗し、観光客慣れしたバンコク人の多くの顔からは、微笑みがほぼ消えた。正直、タイ王国でアメージングなのは、トランス・ジェンダーの人々のレベルの高さぐらいになった。

 

 近年、タイ王国よりもよっぽど「アメージング」なのは、「ベトナム」ではないかと思う。以前のブログでも何度か触れたことがあるが、それは「ベトナムの自然」というよりも、 「ベトナム人」がアメージングだという意味だ。

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バンコクでのお気に入りのカフェ(1):ライブラリー

 

 以前、タイ王国随一の高級ショッピング・モール「アイコン・サイアム」を紹介した。

 

 

 実は、このエリアにはアイコン・サイアムがオープンする前から何度か足を運んでいた。アイコン・サイアムの北側の船着場に隣接する市場や、今回紹介するカフェで、気持ちよく過ごすためである。

 

  そのカフェは、「The Jam Factory(以下ジャム・ファクトリー)」という名の施設の中にある。

 

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アユタヤの「懐かしいオモチャのミュージアム」

 

 タイ王国の歴史は、800余年前にスコータイから始まった。その後、アユタヤに遷都し、現在のバンコクへと首都は至る。

 

 バンコクから北に80キロほど行った一つ前の古都アユタヤに、「懐かしいオモチャのミュージアム」がある。その名を「ミリオン・トイ・ミュージアム」というが、実際に「百万の」オモチャがあるわけではなく、「多くの」という程度に解釈しておこう。

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マニラの「墓地に暮らす人々」を再訪(後編)

 

 前回の「マニラの墓地は、生者の暮らす場所でもある」の続きです。

 

 

 「マニラの墓地に暮らす人々」と知り合ってから、フィリピンを離れてからも、時折「どうしているかな」と気になっていた。フェースブックで友人になった彼らの情報にたまに更新があると、「元気そうで何より」と異国にいながらも嬉しく思っていた。

 

 

 先日、数年ぶりにマニラを訪れる機会を得られた。生活に必要であろう気持ちばかりの手土産を携えて、墓地に暮らす友人たちを訪ねた。

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マニラの墓地は、生者の暮らす場所でもある(前編)


 数年前に初めて訪れた「マニラの墓地」には、些か驚かされた。「死者の眠る場所」という墓地の既成概念を超え、多くの「生きた家族」が住んでいるからである。これまでにマニラでは5つばかり大型の墓地を訪れた。しっかり管理されたアメリカ人の共同墓地と郊外の墓地の2つには住人が見られなかったが、その他の3つには多くの家族が暮らしていた。

 

 先祖代々の墓地に寄り添って暮らしている、という訳ではなく、ホームレスの人々が「見知らぬ人々の眠る墓地」の中で暮らすようになり、そこで結婚し、子供を作り、そこで死を迎えるまで暮らしている人も少なくない。「揺り籠から墓場まで」ではなく、「墓場から墓場まで」である。あるいは、「ずっと墓場」だ。

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