『火花』 『夜を乗り越える』 又吉直樹

 

 『東京百景』(又吉直樹)についての感想を書いた。時期を同じくして読んだ『火花』と『夜を乗り越える』に関しても、備忘録として書いておこう。

 

 まず、300万部のベスト・セラーとなった『火花』。この本の存在はずっと知っていたし、書店で見かけることも何度もあった。香港の九龍公園の向かいにある、日本語の古本を扱う小さな書店ですら、『火花』を見かけた。

 又吉さんの小説としての二作目の『劇場』が出たことで、『火花』のブームが下火になったと感じ、やっとその『火花』を手に取ってみようという気になった。

 それまでは、なんだかブームになりすぎているという気がして、「これで面白く読めなかったら踊らされたことになる」とどこかで倦厭していたのだろう。

 

 『火花』以来、他の少なくない本の帯でも「又吉さんの写真」が使われていたり、「又吉さん推薦」という安易な宣伝文句が多く見られるようになり、「又吉ブランドの無節操な横展開」にやや食傷気味であったのだ。

 

 しかし、実際に『火花』のページをめくって、一行目を読んでみると、「これは本物の文学作品だろう」という匂いがした。

 

 大地を震わす和太鼓の律動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた。熱海湾に面した沿道は白昼の激しい日差しの名残を夜気で溶かし、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながら賑わっている。

 

 漫才芸人として食べていくことを夢見て活動をしている若手漫才師と、その花火大会の夜に出会った芸人の先輩(神谷)との交流を通して、ギリギリの精神状態の中でも独自の「笑い」を創造しようという若手芸人の世界が垣間見られると同時に、その過酷な選択をした者たちがスターダムにのし上がる難しさをも描いている。

 

 とある大手の芸能事務所には、毎年のように自分のセンスに自信のある若手が数百人単位で養成所に入所してくるというが、実際に芸人としてデビューを飾るのはほんの一握りであり、その中かからさらに芸人として食べていけるのはさらに限られたものだけである。その他多くの芸人を目指した人々は、笑いの世界から引退をし、別の道を歩んでいくことになる。

 

 『火花』に関しては、多くの人がレビューを書いているであろう。自分の拙いレビューをここで繰り返すつもりはない。物語の最後に「こうした光景で終わるのか」と心の中でツッコミを入れさせる流れはさすがであった。「日本の現代文学」として、読むに値する作品であると思う。

 

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 続けて、『夜を乗り越える』だが、こちらは「なぜ本を読むのか」という問いに対し、又吉さんからの答えであると同時に、なぜ『東京百景』や『火花』という作品を書くことになったのか、という舞台裏までを親切に書いてくれている。

 

 幼少期の家族環境、その中での文学との出会い、『火花』を書くに至った創作についての話、「なぜ本を読むのか」という若い読者のための言葉を砕いて伝える又吉さんの姿勢は、とてつもなく真摯な人なのだろうと感じさせるものがある。

 

 

 敬愛する太宰治の『東京八景』を読み、感銘を受けていた又吉さんは、29歳から『東京百景』を書き始め、32歳までに書き終えることを目指していた。それは、太宰が『東京八景』を書き終えたのが32歳であったからだという。

 

 また、又吉さんという人は、うだつのあがらない貧乏お笑い芸人であった頃から、「文学的な引きの強い人」であった。かつて貧乏芸人として住んでいた建物のあった場所は、後で知ったところによると、あの太宰治が住んでいた地であったというのである。ここまでくると神がかっている。

 

 若い読者を想定した内容の『夜を乗り越える』ではあるが、大ヒットを飛ばした作家・又吉直樹の「創作に向かう姿勢」をうかがい知るには、本人が全て解説をしてくれる、またとない本である。『火花』が売れているので、なんとなく手に取ったけれど、面白かったかもしれない、という若い人々が、より広範な本を手に取ってみる一助になり、その中の才能のある人々が、創作の世界に来てくれれば、という祈りにも似た想いが込められた本である。

 

オススメは『東京百景』