中国広西省南寧から、ベトナム・ハノイへの寝台夜行列車

 

 数年前に、寝台夜行列車で中国広西省の南寧からベトナムのハノイへ向けて旅したことがある。中国からベトナムへと鉄路で越境するルートは、かつては雲南省の南端の町・河口からもあったが、ここしばらくその路線での越境は分断されている。

 

 中国は陸路で十数ヶ国と国境を接しているが、鉄道で越境できるのはモンゴルとベトナム、北朝鮮のみである。中国国内には日本と比肩するほどの、そして運行速度では日本を凌駕するほどの高速鉄道がすでに走っているが、諸外国と鉄路で結ぶ路線は、昔ながらの「中国鉄道車両」が走っている。車体からすると、今日の中国の「快速列車」程度の古いが剛健な車体だという印象を受ける。

 

 かつて、ベトナムは1000年ほどもの長い間、中国の属国であった。そもそも、「ベトナム」という国名が、「越(国)の南」という意味である。越国とはかつて中国南部に存在した地方の一つの国であるが、中国から見て「その南」という相当に軽んじられた名称だ。それが現在の「ベトナム」という国の名のルーツである。現在の中国語でも、ベトナムは「越南(ゆえなん)」と呼ぶ。中国人からすると、この中越路線は、思い切り「下りの路線」という認識があるはずである。

 

 中国の国境を超え、ベトナム最初の駅でまたパスポートに入国スタンプを貰うと、あとはハノイの「ギア・ラム」駅まで寝台列車は闇夜を着実にひた走る。心なしか中国国内で走っていた速度よりも、ベトナムに入ると速度を落として運行しているようにも感じられる。ベトナム鉄道は全線に乗ったことがあるが、運行平均時速は約40キロぐらいであった。

 

 さて、中国南西の広西省の端の国境からベトナムへの国境を列車で超え、駅の中で出入国の手続きを済ませても、その時点ではそう強く「ベトナムに戻ってきた」という意識が湧かなかった。

 

 というのも、その乗っていた寝台夜行列車が中国の鉄道車両であり、乗務員も全員中国人であったからなのだろう。また、夜行列車が通過する頃、国境の町の小さな駅の周辺は閑散としており、あのベトナムらしいバイクの群れなども車窓から目にすることがなく、ベトナムらしさを痛烈に感じる刺激が乏しかったのである。

 

 

 

 次回「味覚で「ベトナムに着いた」と感じる時」に続きます。

 

 

夜行列車に乗っていると、「銀河鉄道」を思い出す。

 

 

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