ミャンマー:バガン最大の寺院で想うブッダの神秘

 

前回のブログ「バガンで目にした物乞い家族と首長族の女性たち」からの続きです。

 

 

オールド・バガンの外れに、ダマヤンジーという名の大きな寺院がある。バガンで最大の寺院とのことで、数あるバガンの寺院・仏塔の中でも、参拝客が絶えない寺の一つである。

 

ニャウンウーの町から自転車で乗りつけられる距離にあり、旅人ローゼンと私は、宿からオールド・バガンまでの自転車で片道20分ほどの道を何度か通った。

 

ダマヤンジー寺院は、当時のナラトゥー王によって1167年から1170年の4年の間に建設されたという。バガンで最も古い仏塔や寺院は9世紀のものからあるので、12世紀後半に建てられた寺院というのは、バガン遺跡群の後期時代に属するようだ。

 

赤土のレンガを積み重ねて建てられた寺院は、他のほとんどのバガンの寺院と同様だが、その規模が他の小ぶりな仏塔などとは違うのが一眼で分かる。あたりは荒原が広がり、遮る建物や樹林が少ないので遠くからもその姿が目に入る寺院だ。

 

実際、バガンのどこに何があるのか全く知らなかった旅人ローゼンと私だが、自転車を漕ぎつつ目新しい場所に立ち寄ろうという行き当たりばったりの旅程でも、比較的よく整備された国道から、いくぶん小道を入った場所にあるこの寺院はすぐに目にとまった。

 

我々が訪れた8年前の当時、このダマヤンジー寺院を参拝するのはミャンマー人が多く、外国人の方がまだ少ない時代であった。

 

 

ダマヤンジー寺院を入ってすぐに、金箔で覆われたブッダ像が姿を現す。いくらか首の座った造形が特徴的な像である。ミャンマー各地を旅し、各地の多くの寺院を訪れてみて分かったのが、同じ「ブッダ(釈迦)」といえども造形がかなり異なることである。同一人物とは思えないほどに、様々なバリエーションの仏像が存在するのだ。

 

それはバガン最大の寺院であるダマヤンジー寺院の中に安置されている仏像だけでも、何通りもの姿形のブッダが存在することからも垣間見られる。ただし、「どれが正解」ということが言えないのも、仏教の始祖であるブッダの掴み所のない側面である。しかし、どんなに異なる姿形のブッダであっても、敬虔な仏教徒はちゃんと「ブッダ」として認識し崇めて周るのも面白い。

 

これまでにブッダの生誕の地である今日のネパール、お隣のインドをはじめ、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、マレーシア、シンガポール、ベトナムなどの東南アジア、中国大陸や香港、台湾などで現地人に姿の似ているブッダの姿を見てきた。日本で有名な奈良や鎌倉のそれはかなり丸みを重びたフォルムのブッダであり、インドやネパールのシャープな顔立ちの現地アーリア系のブッダ像とは程遠く、並べてみるとお互いがまるで「外人」である。

 

そのどれもが、「正解でも不正解でもない」のが、仏教のブッダの超然たるところだ。生前に像や絵画が残されず、死後数百年経ってから仏像などが造られ始めたので、誰も直接彼を見たことがないし、姿形に模範例がないのがブッダという人なのである。

 

 

 

次のブログ「バガンの寺院に日本占領下のビルマを垣間見る」に続けます。

本当の釈迦はどんな容姿の人だったのだろう。

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