ミャンマー:味わい深いローカル市場を歩く

 

前回のブログ「バガン地区ニャウンウーの市場へ」からの続きです。

 

ミャンマーの人々、地元バガンやニャウンウーの人々にとって、現地のローカル市場を訪れるという経験は、日常の中の何のことはない一コマになっているだろう。それは日本人や韓国人が近所のコンビニやスーパーに行くのと、大差ない感覚なのかもしれない。

 

しかし、ミャンマーのローカル市場を訪れるのが異邦人となると、市場で売られている商品の品揃えや雰囲気、そこにいる人々の立ち居振る舞いが自国とはかなり異なるので、現地人にとっては何のことはない「市場を訪れる」という行為が、新しく貴重な体験となる。ミャンマーを出たことがないミャンマー人を先進国のコンビニやスーパーに連れて行ったら、きっと何を見ても驚くのと同じであろう。

 

そうした驚きは、最初のうちは鮮烈で新しい経験として感じられ、長期記憶に残るが、日々同じように市場に通っているうちに、かつては刺激的と感じていた光景が自然なものとなる。世界を旅して周る上での楽しみの一つに、やはり何を見ても「刺激的だな」と感じられる一時が挙げられる。ミャンマーのバガン地区にあるニャウンウーのローカル市場は、現地の人々にとっては「日々の当たり前」の場所であるが、異邦人にとっては「他国との差別化要素」がたっぷりと詰まった場所であった。

 

規制の市販薬ではなく、買う人々の症状に合わせて効く薬草などを量り売りする薬剤師のお店、シャツや巻きスカートなどをその場でサイズを直してくれるお店、買い物に来た店先でタバコを燻らすおばさん、豆の計り売りの男たちは商品の豆の入った袋を椅子にしている。

 

 

生鮮食品の区画では、豪快にぶった切られた魚が並ぶ。冷蔵庫や氷で保管するでもなく、常夏のミャンマーの気候でも露天で魚を売る女たちは逞しい。

 

旅人や裕福なミャンマー人の家庭に向け、民芸品を売るお店では、なんだか呪術的な力の強そうな人形や仮面が並ぶ。割と新しいものから、ずっと売れずに残り、何十年もそこで売られ続けているようなものまで、それぞれの品に物語がありそうだ。

 

 

店の軒先ですれ違った、数キロはあろうかというトマトの袋を頭に乗せた母親に抱かれた子供。どちらも顔にはミャンマーの日焼け止め兼化粧であるタナカを塗りたくっており、それがお祭りの化粧などではなく、彼らの日々の佇まいなのだというだけで嬉しくなる。

 

 

大きなカゴを持った人は、この市場の掃除人なのだろう。お店を持つだけの資本がない人は、こうして市場の掃除人としてゴミをせっせと運び出し、場内に一定の清潔さを保つ役割を担っている。

 

路地ではおばさんたちが地面に腰を下ろし、買ったばかりの何かを口に運びながら談笑している。椅子がなければ地面に腰を下ろせばいい、というごく自然な作法が凝り固まった考えを柔らかくしてくれる。

 

 

化粧っ気はないが清楚な雰囲気に好感がもてるお店の売り子さんにカメラを向けると、はにかみながらも自然な笑顔を見せてくれた。

 

 

 

次のブログ「行商の老婆を気遣うミャンマーの若者」に続けます。

きっと、またいつの日か。

そのほかの「ミャンマーの記事」

そのほかの「ASEANの記事」