ミャンマー:さようならバガン、また逢う日まで。

 

前回のブログ「ミャンマー:現地のとあるバス事情を目にしてからの続きです。

 

 

バガンでの三泊四日の滞在を終え、いよいよ初ミャンマー旅での次の目的地、インレー湖への移動の日がやってきた。インレー湖は湖上に建てられた家屋に多くの人々が住んでいることで有名であり、湖上で昔ながらの「投げ縄漁」や「籠を使った漁」をする漁師たちの姿がアイコニックな場所だ。絵になる漁師たちの姿はミャンマーの旅行観光書などの表紙などにも、よく用いられている。

 

 

旅人ローゼンと私は、バガン地区のニャウンウーで世話になった宿を後にし、バス・ターミナルへと向かった。バスのチケットを扱う業者に「インレー湖に行きたいのだけど」と伝えると、インレー湖は有名観光地なだけあり、バガンからも何本ものバスが発着しているようで、事前に宿で聞いてあった発着時間帯のバス・チケットがすぐに手に入った。

 

2013当時、バガンのバス・ターミナルはまだ舗装されていない広場の周りに、チケット売りの業者たちの掘建て小屋のような建物が並ぶだけのターミナルであった。それからバガンの観光地化がさらに推し進められ、バス・ターミナルの敷地内の地面も舗装され、広場を取り囲む建物も随分と立派なものになったようである。

 

 

今日、グーグル・マップなどで、バスの発着スペースがすっかり舗装され、新しく立ち並んだチケット売りの業者や食堂が入居する建物の写真を見ると、かつてバガンにあった土が丸出しの未舗装の広場や、自然発生的に増えていったような「掘立て小屋に毛が生えた程度の建物」のチケット業者、食堂の薄暗く粗末な建物群が懐かしく感じる。

 

バスを待つ間、バス・ターミナルの内外を観て周る。ミャンマー人のグループと一緒に写真を撮ったり、荒屋のようなキオスクなどを観て周り、発着時間が迫ってきた頃に乗車予定のバスがある場所へと向かった。日々の生活でサプライズを提供してくれるミャンマー。そこにはなんと、「京成バス」が停まっていた。

 

 

日本人の私には、「ミャンマーのバガンまで来て、京成バス?」と頭の中に疑問符がいくつも浮かぶ。

 

後から知ったのであるが、ミャンマーでは先進国からの払い下げのバスや列車が、改装されることもなく普通に公共交通や一般の車輌として用いられており、さして驚くことではなかった。一般の自家用車においても国外で用いられていた状態の良い車両が輸入・販売されている。

 

 

ヤンゴン市内を走るミャンマー鉄道の環状線などは、日本のJ Rの車両が目的地の標札を日本の地名そのままを掲げて走っている。ヤンゴン市内を走る公共バスにおいては、中国からの払い下げバスが「北京時間、何時をお伝えします」とミャンマーとは時差のある中国時間を中国語でアナウンスし続けながら、ヤンゴン市内を走っている。それらと比べれば、「ただ現役を退いた京成バスをミャンマーに持ってきて、車内のシールなども日本語のものを貼ったまま使っている」ことなど、まだ可愛いものであった。

  

 

 

次のブログに続けます。

 

京成バスに乗ると、心の一部が日本に戻される。

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