ミャンマー:バガンで目にした物乞い家族と首長族の女性たち

 

前回のブログ「バガンで出会った物売りの女の子」からの続きです。

 

ミャンマーの大きめの街であればほとんどどこでも「物乞い」の姿を目にすることになる。日本の物乞いとの違いは、「大人の物乞い」だけでなく、「子供の物乞い」も多く見られるというところだろう。

 

幸いにして、日本では子供の物乞いを通りで見かけるような所にまで、まだ経済やセーフティネットが破綻していないが、それもいつまで続くかは怪しくなってきている。

 

さて、遺跡ばかりの世界遺産の町バガンは、比較的小さな「町」であるが、それでも「仏教遺跡の残る町」、「観光客が多く押し寄せる場所」として、ミャンマーの人々にはよく知られており、そうした「有名な観光地を訪れる観光客」をメインのターゲットにして「物乞い活動をする人々」も少なくない。

 

 

旅人ローゼンと共に、宿から自転車で移動できる圏内の仏塔や寺院を訪れていた際に、やや印象的な「何組かの母親と子供の物乞い家族」と「首長族の女性」という二組に出逢った。実は他にも物乞いの人々はいたのかもしれないが、彼らの商売に付き合って観光写真を共に撮ったのは、バガンにおいてはこの二組だけであった。正確には、物乞いだけをするのではなく、どこかしらフォトジェニックなので、ギリギリ物乞いではなく、「一緒に写真を撮るサービスを提供している人たち」なのであった。とはいえ、ただ単にお金を渡しても拒まなかっただろうけれど。

 

 

なぜ彼女たちが物乞い(に限りなく近い行商)であるかと気づいたかといえば、仏塔や寺院を参拝する風でもなく、ずっと建物の陰に家族ぐるみでおり、行き交う観光客に対して何か具体的な「売り物」がある行商でもなく、ただ単に「できればお金を少し恵んで欲しい」という感じの視線を投げかけてくるからであった。家族の座り込んでいる前には、お金を投げ入れるような鉢がいくつか並べられてもいた。

 

母親たちに混じって、小さな子供たちは皆、特徴的なタナカ(顔に塗る日焼け止め兼化粧)の模様でメイク・アップされており、「なんだったら、一緒に写真を撮るよ。他には何もないけれど」というサービス精神が感じられた。ただし、「タナカが可愛い、一緒に写真を撮りたい」という衝動は、主に異国からの旅行者の感情であり、現地ミャンマーの人々からすると、限りなくジプシーに近い人たちという位置付けであっただろう。

 

 

ミャンマー初訪問から数日目の旅人ローゼンや私にとって、これだけ「エキゾチックなタナカの厚化粧」をされると、もう写真を撮らないわけにはいかなくなる。ローゼンなどは写真撮影の金額の交渉など置いておいて、すぐさま家族を写真写りの良さそうな場所に連れて行き、皆で集合写真を撮り、その後に金額の交渉をするという東南アジアではやってはいけない順番でことを運んでいた。

 

この子供達のタナカの厚化粧、日本人の私には、なんだか「暗黒舞踏の舞踊者」を思わせるものがあり、アジアの文化の不可思議な深層リンクを感じたりもした。

 

さて、次に出逢ったのが、「首長族の女性たち」である。彼女たちも割と人気のありそうな仏塔・寺院のそばの看板の側にずっと佇んでおり、「どう?どうよ?写真撮りたいでしょ」という雰囲気でずっと目配せをしてくる。そりゃ初めて首の長い女性を見たら、一緒に写真撮りたいでしょう。ということでローゼンはまた女性たちの間に割って入り、嬉しそうに写真に収まっているのであった。

 

こうした「首長族」の部族は、お隣のタイ王国やラオスにも点在し、女性は「首がないことがチャーミングである」という価値観のもと、どんどん首につける飾りを足していき、不必要に首を伸ばしているのだそうだ。かなり噛み砕いて言えば、「長い首フェチ」の部族であるが、そうした人たちがまだ現存し、こうして暮らしているということだけでも、この世界は面白いものだなァ、と感じられる一時であった。 

 

 

次のブログ「バガン最大の寺院で想うブッダの神秘」に続けます。

 

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