マンダレー:ミャンマーの可愛い子供たち

 

前回のブログ「マンダレー:旅人ローゼンとの邂逅」からの続きです。

 

 

マンダレーでの二日間の投宿先を確定、旅の仲間となったローゼンと私。二人とも小さなバックパックしか背負っていないので、「荷を解く」というほどのこともなく、ただ必要最低限の外歩き用の荷物だけ持ち、さっそく宿の外へと出てみた。

 

宿の近くに小学校があるのか、下校時間と重なったようで、子供たちが迎えにきていた家族と共に路肩に多くいた。日本の多くの小学校では、児童の送り迎えが少なく、小学生でも割と自分で登下校をするが、海外の小学校では、まだ児童の送り迎えを家族がすることが多い。というのも、日本ほど治安がよくない国では誘拐されてしまう恐れもあるのと、学校から歩いて通えないほど遠くから通っている児童もいるからのようだ。

 

マンダレー中心部にあるこの小学校には、パッと見たところ仏教徒、ムスリムが混じり、またミャンマー系、中華系、インド系、アーリア系、バングラディシュ系、タイ系など民族的にも多様な子供たちがいることが分かる。緑と白の制服を着た様々な民族の子供たちは、色とりどりの可憐な小花が咲く花畑を彷彿とさせる。ミャンマー特有の「日焼け止めと化粧」であるタナカを顔に塗ってもらっている子供たちも多い。

 

 

路肩でお母さんに足を洗ってもらっている子供は、ひょっとしたらムスリムであろう。また日本の小学生ぐらいの女の子であれば恥ずかしがりそうなものだが、人通りの少なくない外でも、堂々と着替えをさられている子供たちもいる。まだミャンマーに来たばかりで、この地のトーンに慣れていない自分からすると、現地の子供たちが不思議な小動物のように見え、嬉しくなってしまうのだが、逆に子供たちからしてもこちらが謎の動物のようで、好奇の目を向けられ、互いに珍しがっているのであった。

 

 

ミャンマーにおいて、こうした義務教育を受けられる子供たちは、比較的恵まれていると言える。

 

ヤンゴンやマンダレーのような都市部の家庭であれば、比較的進学率も高いが、農村部の貧しい家庭の子供たちには、小学校すらまともに行かせてもらうこともできていない子供たちもいる。本来であれば教育を受けにいく時間も家にいて、小さい頃から家事・手伝いをさせられていたり、外に働きに出されている子供たちも少なくない。小学校はまだしも、中学校・高校となると途端に進学率は低くなり、そして大学などの高等教育まで受けられるのは、かなり恵まれた家庭の子供に限られてくるようだ。

 

2013年、マンダレーの街角で出会った小学生の子供たちも、今では二十歳近くになっているだろうか。202121日から軍によって引き起こされたクーデターにより、市民の大量虐殺、そしてすでに内戦状態となり始めているミャンマー。

 

21世紀とは思えない、戦国時代のような状況に陥ってしまっている彼の地で、無垢な市民が最も理不尽な犠牲にあっていることが不憫でならない。

 

 

次のブログ「ミャンマー・マンダレーと中国北京の類似性」に続けます。

みんなが無事でいますよう

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