ミャンマー:マンダレーの丘に登る

 

前回のブログ「ミャンマー寺院の特殊性」からの続きです。

 

 

マンダレーの丘の麓には、「靴の預かり屋 兼 キオスク 兼 仕立て屋」が入口近くにあり、標高236メートルあるというマンダレー・ヒルを参拝する際に、靴を預かってもらうことができた。もしここに「靴の預かり屋」がなければ、参拝を終えて帰ってきた時に、そこに自分の靴を見つけることは困難かもしれない。しかし、マンダレー・ヒルの他の出口から下山する際には、ここに靴を預けておくと戻ってくるのが面倒なので、自分で靴を入れる袋などを持参した方が良いだろう。ミャンマーの寺院においては、「基本的に土足厳禁・靴下も脱ぐこと」という特殊ルールがあることをミャンマーで初参拝したこの寺院で知ることができた。

 

 

標高236メートルのマンダレーの丘は、小山の貫禄があり、日本の古都である京都の比叡山と「城市と山」の位置関係が重なって見えるところもある。比叡山から京都の街を一望するのは、山に生い茂る樹木で難しいが、マンダレー・ヒルからは各方面の景色がほぼ一望できるので、マンダレーに着きまずここに来るのは、マンダレーの街の全体像を掴むのに悪くない選択であると言えるだろう。

 

マンダレーの丘には、頂きに最も大きな寺院がいくつかある他に、参道の道中にもいくつかパゴダが点在する。また、長い山道には野良猫・野良犬・ホームレスなども住み着いており、「来るもの拒まず」という精神が垣間見られる。

 

 

旅人ローゼンと私が登り降りした参道には、2013年当時、二組の若いカップルと思しきホームレスの人々が簡易な小屋を作ったり、ただ座敷と布団のみ敷いて生活しているようであった。生活に困った人が参道に住み着いていても追い出されない所に好感が持てた。フィリピンのマニラのいくつかの共同墓地にて、多くのホームレスの家族が住み着いている墓場があるが、このマンダレー・ヒルにもそうした役割を担っている面があるという事が見てとれた。

 

頂きにある寺院につく。まだ太陽が西の空に輝いている。あと半刻もすると陽が沈みそうな、どんな写真を撮ってもそれなりに絵になるゴールデン・アワーである。遠景を撮っても美しく、夕日に黄金色と緑色に輝く寺院も汚れが隠れて美しい。

 

ここの僧侶だという私服の坊主頭の若い男が英語で話しかけてくる。なんでも、英語を勉強したいから、ここを訪れる観光客に話しかけ、練習をしているとの事であった。「このパターンは、少し話したら、最後にお金をせびられる輩ではないか」と警戒したが、この自称僧侶は束の間の会話に満足した様子で、爽やかな笑顔で見送ってくれた。「お金を無心されるのでは」と彼を疑った自分の心の乏しさにやや恥入りながら、参道を下り帰路についたマンダレー・ヒルであった。

 

 

あれから7年の時が経つ。彼の英語も相当に上達したかもしれない。202121日から始まったクーデターで、ミャンマー軍の治安部隊が狂ったように、非武装の市民や僧侶までをも虐殺しているという情報を目にする。あの素直そうな眼をした若い自称僧侶が、彼の地で無事にあることを願う。

 

 

次のブログ「ミャンマー旅の盟友ローゼンという男の一端」に続けます。

ミャンマーでは非武装市民の虐殺が続いているようです

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