ミャンマーの日常に宿る永劫回帰

 

前回のブログ「旅人ローゼン、そして新たな旅人との出会い」からの続きです。

 

 

運転手一人と三人のジープ・ツアーのメンバーが揃い、いよいよマンダレーの見どころの周遊ツアーに旅立つ時が来た。

 

マンダレーの見どころ、それはミャンマーで多くの場合に「同じような場所」となる傾向が強いのだが、要約すると「寺、王宮、寺、湖、橋」というものであった。王宮のない他の場所であると、「寺、寺、湖、寺」となる所もあるし、あるいは全く「寺、寺、寺、寺」という所もある。それほどにミャンマーの人々にとって「寺」とは重要な場所であるし、逆を言うと「ほぼ寺しかない」とも言える。

 

そんな寺と仏塔だらけのマンダレーにおいても、多くの仏塔が立ち並ぶことで有名なクドードー仏塔(Kuthodaw Pagoda)は、王宮の堀から少し行ったところにある。僧院よりも無数に並ぶ仏塔(パゴダ)が有名な場所で、白亜の仏塔、黄金の仏塔、一つ一つ見ていてもその違いが分からず、感覚が麻痺してくる「仏塔マトリックス」の光景が広がっている。

 

 

また、実物を目にすることは叶わなかったが、このクドードーには、「世界最大の本」として知られる「世界の公式仏典」が保存されているという。それらも全て、本物を目にするこが叶わなかったので、全て「らしい」という域を出ないのが歯痒いところであるが、それもまたミャンマーのなせる技なのだろう。

 

 

クドードー仏塔の脇の道でジープの運転手を待つ間、尼僧が道の掃除をしている光景が目に入った。真面目に箒でゴミをかき集めている。日々の修行の一環のようだ。側から見ていると趣があり美しい。箒が地面をかく音が心地よい。道沿いに何箇所か、ゴミを集めた場所がある。そして、ゴミをちりとりで回収せず、尼僧はそのままどこかに立ち去って行き、戻ることはなかった。

 

 

少しすると、風が吹いたり、車が通ったりするたびに、集めたゴミは風に煽られ、元通りに散らばっていく。「ゴミを箒ではき集めるけれど、ちりとりで回収しないので、全くゴミが片付かない」という永久運動がここにあった。ゴミが集められまた元のゴミに戻るまでの輪廻転生が、高速回転で繰り広げられているのである。

 

 

ジープ・ツアーの催行旅程をすべて口頭だけで説明する男しかり、箒でゴミを掃き集めるだけでゴミを回収しない尼僧しかり、ミャンマーという国の奥深さの断片を垣間見て、ここはすごいぞと感じ入るのであった。

 

 

次のブログ「ミャンマー:マンダレーの昔日を偲ぶ」に続けます。

 

平和で暴力のないミャンマーに戻りますよう

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