ミャンマー:穏やかなバガンの風に吹かれて

 

前回のブログ「旅人ローゼンと東南アジアの仏僧の類似点」からの続きです。

 

 

さて、マンダレーからバガンへと移動する夜行列車にて、「ミャンマーのハード・ボイルドな夜行列車」の洗礼を受けた私は、バガンに着き、投宿先の宿を決めるや否や、数時間ばかり泥のように眠った。

 

就寝前に風邪薬を飲んでおいたのが良かったのか、起き抜けの体調はそう悪くなく、心配していたように風邪をひくこともなかった。しかし、マンダレーから「夜行列車で眠り、翌朝からバガンにてしっかり活動しよう」というような、見当違いな目論見は全く実現できず、かなりのスロー・スターターとなった。

 

 

バガンには三泊四日ほどの日程を割き、この仏塔だらけの古都をしっかりと堪能するつもりであった。聞くところによると、バガンには3000もの仏塔・寺院があり、かつてはその数一万を超えていたという。風雨や地震などで数千もの仏塔・寺院が倒壊して無くなったが、それでもまだ3000もの仏塔や寺院がこの町には残っているのである。

 

 

その仏塔や寺院の数が「3000」というのも、情報源によっては「2000」であったりするのが、ミャンマーらしい。つい10年ほど前には、ミャンマーの人口は6000万人以上いると推計されていた。それが急に5000万人以上という数値に変わったのが2014。なんでも、「それまでの数字はあくまで推計で、よくよく人口をカウントしてみたら5000万人ぐらいだった」ということだ。

 

21世紀になってもそんなノリなので、この人口数もまたいつ変わるか分からないのが、ミャンマーらしいところである。「あー、森の中とかもよく数えてみたら、やっぱり7000万人いました」とか、逆に「どうも4000万人ぐらいしかいないかも」と言い出しかねない。さらには202121日から勃発した軍事クーデターで、虐殺組織と化したミャンマー軍が、非道の限りを尽くしているような状況だ。

 

ミャンマーでビジネスをするつもりで進出した人々や企業にとっては、2014年のセンサスにて市場規模が1000万人ぐらい急減し、かなりショックであっただろう。だが、旅人としては、「そんな人口すらよく分からない未知の国が世界に一つか二つあってもいいのではないか」とも思う。仕事で関わったならば、相当に頭が痛い問題だけれど。

 

さて、バガンで投宿した宿の向かいに、この町でしょっちゅうお世話になる食事処を見つけることができた。料理は何をオーダーしても無難に美味しく、またコーヒーもイタリアから豆や粉を輸入しているというほど本格的な珈琲が楽しめる店であった。

 

この店のオープン・テラス席で穏やかなバガンの風に吹かれていた頃、まさか翌年になって、「実は、ミャンマー人口が1000万人少なかった」という驚くべきニュースが知らされるとは、予想だにしていなかった。

 

 

次のブログ「バガンという町の位置関係、構図と規模」に続けます。

クーデターの即時中止を願う

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