ミャンマー第三の街:雨季に浸水する街を写す

 

 ミャンマー中部のヤンゴン、北部のマンダレーに続き、「ミャンマー第三規模の街」と言われる南部のモーラミャイン。先日、このミャンマー第三の街に数日滞在した。そして、このミャンマーでは比較的栄えた街であっても、雨季には局所的に浸水することがわかった。それも、おそらく毎年のように。

 

 東南アジアでは、シンガポールやマレーシアを除いて、排水などのインフラ基盤がまだまだ脆弱である。一見栄えているように見えるタイ王国の首都バンコクでも、雨季に雨が集中的に降ると、屋外プールかと思うような「大きな水溜り」がここそこに現れる。それもたった1日で。

 

 そして、ミャンマーのそれは、タイ王国の比ではなかった。タイ王国とミャンマーとを結ぶ主要な幹線道路すら水没し、ミャンマー第三規模の街であるモーラミャインでも、水はけの特に悪い地域は、イタリアのベネチアのようになってしまうのである。

 

 さて、「イタリアのベネチアのようになってしまう」と言っても、ゴンドラに乗って運河を渡るような優雅な光景になるわけではなく、ただ単に生活に支障が出るだけである。そもそもミャンマー人でゴンドラを持っている人はほとんどいないだろう。下手をすると、家がイタリアのゴンドラより安いという粗末な家屋も多くあるぐらいだ。

 

 そんな中でも、地元ミャンマーの人々は、健気に暮らしている。目が合えば大抵、とてもシャイな人でない限り、ニコニコとしてくれる。

 雨で浸水するミャンマーの街でも、カメラを向ければ、写真を撮られることが好きな人は笑顔を見せてくれたり、かなり微妙な変化ではあるが自分なりのポーズをとってみせてくれたりする。ミャンマーで写真を撮ろうとすると、普通の人は内心嬉し恥ずかしいものの一応は撮影に応じてくれることが多い。しかし、それでも恥ずかしさからか、「葬式の参列者」のように無表示なる人が多く、自然界と動物に近い子供達は素敵な表情を見せてくれるのが常である。

 大人になるにつれて、先ほどまで談笑していたのが、写真を撮る段になると急に無表情になるミャンマー人が増えるのは、単に恥ずかしいからなのか、抑圧された環境にいるのが原因なのか、宗教的な価値観やミャンマーの一般概念がそうさせるのか、「無表情で写る写真」をクールと考えるからなのか、はたまた「雨季に水没する街」にブルーになっているのか、その辺の相関関係はまだよくわからないのだけれど。

タバコ売りの男が「新進気鋭の経済学者」のように見えた。

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