ミャンマー:サガイン地区、14世紀からの歴史遺産

 

前回のブログミャンマー:サガイン地区での足は馬車からの続きです。

 

 

ジープ・ツアーから馬車ツアーとなった五箇所目の目的地。仏教地区として有名な「サガイン地区」には、14世紀から残る遺跡群がある。ミャンマーでは3000もの寺院や仏塔の残る世界遺産の町バガンが有名であるが、サガイン地区にも、なかなか捨てたものではないと感じさせる独特の風情があった。

 

19世紀、ミャンマー最後の王朝があったマンダレー、マンダレーに遷都する前の王朝は、マンダレーから南に少し行ったアマラプラに数十年あり、さらにその前の王朝は14世紀から19世紀までの500年弱の期間インワにあり、さらにその前の王朝が14世紀初旬から中旬にかけてサガインにあったという。ということは、サガインはマンダレー近郊では最も古い王朝遺跡である。

 

さて、歴史を振り返ってみると、どの王朝もエヤワディ川の付近30キロ圏内で遷都していることになり、結果として各王朝の遺跡がマンダレーの近郊に点在することになった。

 

 

ミャンマー最後の王朝であるマンダレーの王宮は、第二次世界大戦の折に戦火で全焼した。木造建築が主であったため、焼け残ったのは土台と堀だけであったという。

 

しかし、14世紀から18世紀までの遺跡には、石造や煉瓦造りの基盤が割としっかりしたものが多く、地震で倒壊などしても修復が比較的しやすい建築素材であったのもあり、いまだに昔日の姿の面影を残すものがある。

 

といっても、倒壊していなかったのは最も底辺の土台部分の寺院や仏塔が多く、背の高い部分は明らかに年代が新しい「修復された寺院や仏塔」であることが目視できるものであった。

 

また、ミャンマーの「遺跡修復技術」は、残念ながらお世辞にも優れたものであるとは言えず、素人目にも「ここを最近直しました」というような、分かりやすいパッチワーク的な修復が散見されるのであった。

 

 

近年、ヨーロッパのどこかの教会で、古いキリストの壁画が善意の信者によって修復され、それが「世間一般で考えられている美しいキリスト像」ではなく、「とてつもなく下手くそな壁画」になってしまった、というニュースを見たことがある。どうやらサガインの遺跡群では、そうした「笑えない冗談のようなレベルの修復」も随所でなされていそうである。仏教やミャンマーの歴史学専門家が見たら、卒倒するのではないかという「時代背景を顧みず、出鱈目な修復をされた寺院」もあるように思えた。

 

 

この地に先祖の建てた古く大きな建物があった。それが時代と共に経年劣化し、地震や隙間から入った植物の成長によって倒壊した。それを昔のことをよく知らない、技術力の乏しい後世のビルマの子孫たちが、経済的に豊かでない日々の生活の中で、見様見真似でDIYで修復してみた。それでも修復できない遺跡がまだ他にもたくさんある。そんな手いっぱいな雰囲気が、サガイン地区やその後訪れるミャンマーの遺跡群にはしばしば見られた。

 

そうした「色々と不足がある」ことすら大らかにひっくるめて、「ミャンマーのサガイン地区の遺跡群」は、今も彼の地の平原にひっそりと佇んでいる。

 

次回、サガインを再訪できる機会があれば、小さなスクーターを借りて、サガインにある全ての寺院・僧院、仏塔を訪れてみたい。グーグル・マップを見る限り、その数はざっと数十を数えるようだ。

 

 

 

次のブログ「サガイン、頑張る物売りの女性。」に続けます。

ミャンマーの市民が無事でありますよう

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