ミャンマー鉄道は、日本と繋がっているのか。

 

 ミャンマーの政府・首都機能は2006年にネピドーに移転した。しかし、事実上の都市機能としての首都はまだヤンゴンである。ここヤンゴンを走るミャンマー鉄道の環状線は、「ミャンマーと日本は繋がっているのでは」という幻想を抱かせる。

 

 なぜなら、日本で走っていた中古の鉄道車両をミャンマーに寄贈し、ヤンゴンで二次利用されているのであるが、ミャンマー人の持ち前の「適当さ」がそうさせるのか、列車が日本で走っていた頃の「行先表示板」などもそのままで運行されているからだ。

 

 ヤンゴン鉄道(MR)の環状線の列車なのに、車体には「JR」と書かれていたり、行先表示板には「日光」「岩切」とか「回送」「試運転」と掲げる列車が普通に走っている。「この列車に乗っていれば、日光につくのか」と宮沢賢治並みの想像力で期待してみても、きっと日光にはつかないのであるけれど。

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 ヤンゴン鉄道の環状線は、一周「約23時間」で廻れるという。「2時間」でもなく「3時間」でもないのは、ミャンマーや東南アジアのよく伸びる「ゴム時間」のなせる技である。そう、よく遅延するのだ。これがミャンマーの地方都市を結ぶ長距離の区間であると、さらに遅延の時間は長いので、利用する際にはそれも計画に入れておかないといけない。

 

 JRのように「パンクチュアルな運行が当たり前で、2-3分遅延しただけで車掌さんから陳謝の放送がなされる」ということは絶対にない。むしろ、「2-3分の遅延」だけで運行したら、褒められるのがミャンマー鉄道である。

 ヤンゴンを走る列車の運行や乗客の利用作法も、お隣のインドを彷彿とさせるワイルドさだ。車両の側面の扉は運行している列車でも「左右開きっぱなし」であり、すでに「開閉」という概念がない。それはもう「扉」ではなく、ずっと開いている「穴」である。

 

 乗客たちは目的の列車が来ると、左右の「穴」の開いているところから列車に乗り込み、降車する。ここではまた「プラットホームから乗り降りする」という日本人の既成概念は通じない。線路側からも普通に乗降するのが「ミャンマー・スタイル」だ。

 

 プラットホーム間を渡す橋は一応あるのだが、これを利用する人はまずいない。皆、普通に線路を歩いて横断していく。駅員も一切止めない。「白線の内側に下がってお待ちください」などという親切な放送は一切ない。「轢かれても自己責任で」という世界である。(そもそも「白線」がない。)

 

 悟りを開いた乗客のおじさんたちなどは、線路に座って談笑していた。線路を「椅子」と認識し、そこで寛いで談笑できるだけの胆力。「これを線路だと思うから線路なんだ、椅子だと思えば椅子だよ」と諭してくれる。そして、それを見ても誰も驚いていないミャンマー人のみなさん。これがミャンマーの日常風景なのであろう。

 

 

 

 

 

ミャンマー鉄道に乗って、「岩切」に行きたい。