ロシア美少女と相部屋での二泊三日の旅のはじまり

 

 前回から、「モンゴルのウランバートルから、ロシアのモスクワへの鉄道の旅」について書いています。

 

 モンゴルの首都ウランバートルからロシアの首都モスクワへと向かう列車は、ほぼ定刻に静かにその巨体を動かしだす。日本のようにホームの出発のアナウンスや社内放送などは一切なく、「その時が来たから」という覚悟のもとに、ゆっくりとだが着実に遠路の目的地を目指して走りだした。

 

 列車は一路モンゴルの大地を北上し、ロシアへの国境を目指す。ウランバートル駅から30分も走ると、もうそこには地平線や草原の景色が一帯に広がる。人口の割に広大な国土を有するモンゴルでは、ウランバートル以外には小さな町が幾つか点在するに過ぎず、あとは草原や砂漠、山々が連なる大地だ。そんな雄大な景色の中をモンゴル鉄道はシベリアの大地へと向けてゆっくりと、だが着実に北上していく。モンゴルを訪れる個人的な目的の一つに、日本ではそう見られない「地平線を見に行く」という体験がある。

 二段ベッドが向き合った4人一部屋のコンパートメント。私の旅の仲間となった三人は、みなロシア人であった。下のベッドには寡黙だが優しい目をしたロシア人の年配の男性。向かいの二段ベッドには、4歳ぐらいの女の子、そして彼女と一緒に旅をするまだ若めのお婆さん。

 

 彼らには英語や中国語は通じない。ましてローカル言語である日本語やタイ語などは通じるわけもない。この段階で彼らと細かいことは意思疎通が不能であることが分かった。彼らからすると、「ロシア語の話せない可哀想な旅人」という位置付けが、ほぼ確定した瞬間であった。

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 女の子は名前を「クシャーシャ」といった。彼女との最初のコミュニケーションは、コンパートメントの前で自分の塗り絵本を嬉しそうに見ているクシャーシャの写真を撮ったことから始まった。クシャーシャは、すべてロシア語で何か喋り立てる。そして、ロシア語が使えない自分を責めるでもなく、ロシア語が返ってこないことを全く気にすることなく、ずっとロシア語で話し続けるという子であった。

 

 かといって、「自分一人で何かを話しているだけで満足している」というのではなく、「犬や猫にでも一生懸命に話をすれば、きっと通じるのだ」という信念の元に、ずっとロシア語で話をしている様子であった。実のところ、こちらはクシャーシャの言うことの九割五分以上は分からなかった。猫なので。

 車窓からの景色は、みるみる雄大なモンゴルの自然へと姿を変えていく。ロシアへの国境を超えるまでに、何度かモンゴルの駅に停車はするが、ウランバートルほどの大きな街はこの先にはないので、列車への乗降もそう多くはない。

 

 小さな地方駅のホームの停車時に、しばらくの別れを惜しむモンゴル人のカップルの姿を目にする。若い女性は周りも憚らず、思い切り泣きじゃくっている。自分を置いていってしまう男性が愛しくてならないのか、なぜか男性を叩いたりもする。モンゴル人男性は黙って叩かれている。やがて列車の発車時刻となり、恰幅の良いモンゴル人男性は列車へと乗り込む。若い女性は周囲の目を気にすることなく泣きじゃくり続け、妹であろう女の子や家族とともにホームを後にする。

 コンパートメントに戻ると、クシャーシャのお婆さんと年配の男性が静かに話をしていた。その横で、クシャーシャは何やら狼が主人公のロシアのアニメーションを観ていた。アニメに合わせて、一緒にアニメの中の主題歌を口ずさむ彼女は、とても愛らしい。どんな内容のロシア語の歌詞なのかは、猫である自分には100%分からなかったが。