『老北京風俗地図1936』 Frank Dorn

 

 何年か前に、北京の王府井書店だったか、はたまた西単の書店であったか忘れてしまったが、1936年頃の「北京の街の風俗」を描いた地図、『老北京風俗地図1936』を買った。80年前の北京だ。

 

 20106月に売り出されたこの地図の複製は、10元と気軽に買える価格ながら、異邦人の興味をかりたてる、かつての北京の街並みが描かれている。ここに描かれている北京の街並みは、街の基本構造以外は、もうほとんど過去のものとなってしまったのであるが。

 

 今日の北京も、かつての北京と同様に、紫禁城を中心として成り立っていることには変わりはないが、その様相はすっかり様変わりしている。

 

 かつての皇帝の居住区である紫禁城の周りの壁はなくなり、そこには世界的に渋滞で有名な環状線の2号線が通る。同じ場所には地下鉄二号線が小ぶりな山手線のようにぐるりと北京市の中央を走り、駅名には「〜門」とかつての城壁の門の名がいくつも付いている。しかし、すでにそこにはかつての城門の姿をみることはできない。

 市の南側には、ラクダの姿が多く描かれている。シルク・ロードから交易のためにやってきたラクダであろうか。今日の北京市の中心部でラクダを眼にすることはまずない。タイ王国のバンコク市街で、象の姿を目にできないのと同じように。

 かつて、斬首が行われていたのが、「菜市口(つぁいしーこう)」の辺りである。ここにはすでに地下鉄が通り、同名の地下鉄駅もある。この辺りを歩き回ってみても、斬首が行われていた場所の名残は見られない。まぁ、見られたところで、それはそれで問題だが。

 

 その少し南には、UFOのような外観の北京南駅という巨大なターミナルも出現した。主要駅の駅ビルの中ですら、テナントが埋まっていないのが、今日の中国経済の危機的状況を物語っている。

 古地図の右上には、この北京という街の成り立ちと、列強諸国や日本に翻弄された歴史の概略も描かれている。

 

 今日の北京は、言うまでもなく政治の中心であり、(中国の)学術の最高峰の地域であり、また世界的に有名な渋滞の街であり、空気汚染で悪名を馳せている街でもある。

 

 北京生まれで北京育ちの友人たちに、「昔と今と、どちらの北京が好き?」と聞けば、皆口を揃えて「昔の北京の方が良かった」と答える。

 

 鄧小平による改革開放から、北京の街並みは急速にその姿を変えた。その前の毛沢東の文化大革命の時代にも、多くの文物が破壊された。北京という街は、欧米や日本といった諸外国の横暴だけでなく、自国民によっても、壊滅的なダメージを頻繁に受けてきた街であった。

 

 また、かつての皇帝などは、国家予算の三分の一を数年に渡って投入し、飢える人々など顧みず、自分たちの墓(十三陵)をせっせと作ったりもしたという。

 

 

 『老北京風俗地図』を眺めていると、「この街は、本当にドラマチックな街だったのだな」と胸が熱くなる。2000年初頭までは存在したが、すでにその多くが失われた美しい北京の胡同の町並みも、もう戻ってこないのだ。

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 『老北京風俗地図』の少し大きめの画像データがあったので、ここに貼り付けておこう。かつて北京という街に恋い焦がれた方々、古地図がお好きな方は、ご自由にどうぞ。

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