モスクワ:クレムリンの衛兵の意外な強敵

  

 ロシアの首都モスクワ、その政治の中枢であるクレムリンには、政治機関、美術館、教会などが集まっている。赤レンガで覆われた大統領府のあるクレムリンのトリニティ・ブリッジの北側に、鍛え抜かれたロシア男の衛兵が立つ場所がある。

 直立不動の屈強な衛兵たちは、まるで人形のようにそこにじっと立ち、その場の緊張感や神聖さを高めることに一役買っている。彼らはそこに立っている間、何を考えているのであろうか。

 

 ひょっとすると、「休憩時に何を食べようかな」「おいおい、観光客に好みの女がいるのに、勤務中だから話しかけられないよ」「仕事が終わったらどこに遊びに行こうかな」など、若く健康的な男の考えそうなことといえば、意外にもその辺りのことなのかもしれない。

 このクレムリンの衛兵たちは、30分だか1時間に一度、交代をする。ここで交代する模様が、一つのショーとして根付いているのだが、若く逞しいロシア人の衛兵が機械仕掛けのロボットのように歩く様は、なんとも神々しいものがある。

 

 クレムリンの人を寄せ付けない高い壁には、その衛兵をモチーフにした銅板もある。長い間、何世代にも渡って、ここで同様の交代劇が繰り広げられてきたことだろう。夏の日差しの厳しい日も、冬のモスクワの凍てつく空気の中でも、彼らは綿々と先達から受け継いできた業務を続け、次の世代の衛兵たちにその役割を伝えているのだ。

- Advertisement -

 衛兵たちが歩く際にたてる鋭いブーツの足音、シャリンシャリンと音をたてる身につけた金属片、不審な輩は拳銃の先に付けられた単刀で貫かれそうな緊張感がある。

 

 しかし、近年急増した中国大陸からの団体客が、この場の空気をお得意の弛緩したノリで崩しているようだ。遠巻きに衛兵の写真を撮るだけでは満足できず、一緒になって歩いて映像を残そうとする輩も見受けられる。ご丁寧にも、セルフィーで解説しながら衛兵と一緒に歩く大陸人たち。

 

 衛兵を誘導するリーダー格の隊員に注意されるが、大陸人たちは全く意に介さない様子で、くるみ割り人形のように無表情を装う衛兵たちの顔だが、その眼には「おいおい、また中国人かよ」という色が浮かぶ。

 クレムリンの政治的権威を向上させるために、日々繰り広げられている衛兵のデモンストレーションも、大陸人にかかっては骨抜きにされてしまうのが、今日の観光地化されたクレムリンであるようだ。彼ら大陸からの団体観光客の行為や無駄に大きな声が、世界各地で「新手のテロリズム」として炸裂しているのは言うまでもない。

 かつて、金はあるが素養が追いついていない観光客の代名詞として、「日本の農協」のツアー客が世界各地で顰蹙を買っている時代があった。日本の経済が2流となり、長期停滞モードから抜けられなくなった頃から、中国経済の爆進が続き、「どこに出しても恥ずかしい観光客」という負の遺産は、「日本の農協」から「大陸の団体客」に引き継がれたようである。

屈強な衛兵でも大陸人観光客は強敵