「セーラー服を着たオジサン」は好きですか?

「セーラー服を着たオジサン」、もうこれだけで「関わり合いたくない変態」「かなりやばい人」「女装愛好家」などのイメージを想起した人がいるだろう。なぜなら、「セーラー服」と耳にして、多くの日本人が思い浮かべるのは、「女子中学生や女子高校生の制服」だからである。

今日でも半数の中学校の女子の制服はセーラー服である。また、ブレザーに置き換えられてだいぶ少なくなったとはいえ、まだ1割以上の高校の女子制服はセーラー服であるようだ。

 

しかし、この「セーラー服」とは、元々は「女子学生の制服」ではない。Sailors Clothesとは、文字通り「水夫・水兵の服」である。イギリスでは1857年に海軍本部がセーラー服を水兵の制服として採用し、それに習ってアメリカやフランス、日本や諸国の「水兵・水夫の服」として、今日でも多くの国で見られるものである。

「日本におけるセーラー服の制服化」の歴史に関して、少し調べてみた。

 

時を遡ること1世紀ほど前の1920年、「水兵・水夫の服」として定着していたこの「セーラー服」が「女子生徒用の制服」として日本で初めて採用された。それは、京都府の平安女学院であったらしい。その平安女学院のセーラー服は、ワンピース型で腰をベルトで締めるものであったという。このタイプのワンピース型で「セーラー服を模した制服」は、香港の女子生徒にも見られる。

 

その翌1921年、「上下セパレート型のセーラー服」を制服として最初に採用したのは、福岡県の福岡英和女学院であったという。当時の学院長のエリザベス・リー女史が「着物に袴、足には足袋」という日本の女学生の出立ちが運動に適さないことから、自分が慣れ親しんでいたセーラー服を元に制服化を考案。「動きやすさ」のためにスカートにプリーツをつけるなどの改良が加えられ、制服として導入。その後、日本の多くの中学校・高校の女子生徒の制服として日本中に広がり定着していった。

オリジナルの「セーラー服」を身にまとった水夫や水兵たちの眼には、日本の中高の女子生徒たちのそれは、国を挙げて「コスプレ」をしているような奇異な現象だと映ることだろう。スマートフォンで情報をやりとりする女子生徒たちに、耳の後ろに立てて、遠くの音を拾うための大きな襟など、本来は必要ないのだ。襟を立てて会話をしている女子生徒など見たこともない。

 

もし飾りにしか過ぎない「バニーの耳」をつけて学校に通っていたら相当に奇異に映るだろうが、「みんながつけている」とそれが当たり前になってしまうのだ。

そう、「セーラー服を着たオジサン」は、変態でもなんでもなく、「いたってノーマルな水兵・水夫」なのである。

 

逆に、「セーラー服を着た女子生徒」の方が、オリジナルの方からすると「水兵・水夫の微妙なコスプレをして学校に通う女子生徒たち」なのだ。これが「警官」や「運送員」であれば、良く目にするので分かりやすいかもしれないが、「セーラー(水兵・水夫)」がどこにでもいる存在ではないために、オリジナルが忘れられ易いのだろう。多くの日本人は「セーラー服」と呼んでいながら、その意味を完全に忘れているのだ。これはちょっとすごい。

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今日、香港島と九龍の間のビクトリア湾の渡し船スター・フェリーでは、「セーラー服を着たオジサン」たちが元気に仕事をしている。ハロウィンのコスプレでもなんでもなく、普段の制服として。日本ではオジサンなのにプリーツのスカートとルーズ・ソックスとを合わせた女子生徒のセーラー服を着ている自由な人もたまにいるが、それは「日本の女子生徒のコスプレ」であって、水兵・水夫のそれではない。コスプレのコスプレ、二段階コスプレである。

 

さて、こうして「セーラー服、セーラー服」と書いていると、なんだか私もセーラー服を着てみたくなった。どちらのセーラー服かって? それは秘密。

 

 

セーラー服を脱がさないで♪