南部ラオス・ツーリング:コンロー洞窟

 

 ASEANツーリング事始め」「ターケークからコンロー洞窟への道」の続きです。

 

   コンロー洞窟の近くの町に宿を求めた翌朝、ラオスの田舎町ではよくある「鶏の鳴き声」で目が覚めた。それにしても、鶏は人が眠っていようと、牛が眠っていようと、 朝日が登る頃に容赦なく、喉を振り絞るように鳴くのはなぜだろう。朝の5時頃だというのに。

 

 バイクにまたがり、いざコンロー洞窟を目指す。

 

 

 コンロー洞窟へと伸びる道へ向かう前に、国道8号線のナヒン(Na Hin)という名の小さな町で投宿したのだが、実はこの町からコンロー洞窟までの残り43キロほどの道中にも、いくつかゲスト・ハウスがあることが分かった。

 しかし、西日が眩しくなる頃に、ナヒンに宿を求めたのは正解であった。というのも、街灯のほとんどないラオスの夜道を小さなバイクで走るのは、とても危険なのだ。

 

 小さなバイクのライトでは、照らせる道の範囲が狭く、ラオスのとても「平ら」とは言えない陥没の多い道、動物が寝ていることのある道、夜になると急に獰猛になる野犬の多い道を通るのは、昼の牧歌的なラオスのツーリングとは趣を異にする。これはラオスだけでなく、多くの途上国についても同じことが言えるだろう。

 ナヒンの町からコンロー洞窟の間のガス・ステーションで給油を済ませ、対向車のほとんどやってこない道をコンロー洞窟へと走る。大きな陥没を避け、幾つかの橋を越え、道を歩く牛やアヒルを避け、信号一つない一本道をずっと直進すると、コンロー洞窟の入口に到着する。

 

 

 洞窟がオープンするかしないかの早めの時間にやってきたので、係員以外には客の姿がない。コンロー洞窟は、洞窟内を流れる川を小さなエンジンを付けた、船頭を含めた4人乗りのボートでクルーズする。救命胴衣とサンダル、頭につけられる充電式の懐中電灯を無料で貸してくれるのが良心的だ。

 

 ボートは一艘あたり10万ラオス・キップで、これには洞窟の入場料も含まれている。一人でボートを貸切にして行っても、三人で割り勘にして行っても同一料金だという。そうこうしている内に、短髪のベルギー人女性がやってきた。「シェアする?」と問うと、「もちろん」とのこと。そこにイスラエル人の男性がやってきて、「シェアする?」と問えば、こちらも「喜んで」。     

 ラオス人の船頭に続いて、洞窟入口のボートが留まる場所まで歩いて向かう。山並みと洞窟から流れ出てくる小川が神々しい。

 

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 洞窟ツアーは、洞窟内に流れる小川を逆流するようにして数キロ進み、途中で幾つか鍾乳洞がある岩場をクルーズ客は歩いて進む。そして、岩場の前に先回りしていたボートに再び乗り込み、さらに上流を目指して進む。

 乾季には水量が少なくなるので、所々浅瀬ではクルーズ客と船頭が力を合わせてボートを川上の水のある場所まで押し上げる。サンダルが必須なのはこのためだ。

 洞窟を抜けると、今度はジャングル・クルーズが始まる。水辺に集まる水牛や魚を獲る現地の若者たち、朝一でやってきたボートにはすれ違う対向船もない。ジャングル・クルーズには一度陸に上がって休憩する土産売りの場所があるのだが、商売下手なラオス人らしく、ここには旅人が手を伸ばすようなものは、飲み物以外一切なかった。

 帰りはやってきた川下へと戻っていくだけなのだが、小川が洞窟へと入る光景は入口よりも迫力がある。あえて懐中電灯を消し、真っ暗な洞窟内をボートが流れるままに五感を澄ませる。雨季にはまた違った顔をコンロー洞窟は見せてくれるのであろう。

 コンロー洞窟のクルーズは、ボート置き場で解散となる。イスラエル人とベルギー人は、水牛が飼われ魚も養殖されている洞窟の入口付近で「ここで少し泳いでいく」というので、束の間のツアー仲間とはここでお別れをする。(この夜に、ターケークの町でこのイスラエル人とばったり再会する。ターケークの町がどれだけ狭い町かが分かるであろう。)

 

 陽のある内にターケークの町に戻ると決めていたので、バイクにまたがり、残り半分のツーリングを再開する。「二人と一緒に泳いでもよかったかな」という考えが頭をかすめるが、荷物を不特定多数の人々が通る可能性のある川辺に置いて泳ぐのは、カメラや財布・携帯電話などの貴重品が心配になる性質の自分には無理であった。

 

 

 

 

またね、コンロー。