JTH: バンコク中心部にある居心地の良い空間

 

 初めてバンコクを訪れる人を歓待する際の選択肢によく挙がる場所の一つに、タイ・シルクの製造・販売で成功したアメリカ人、ジム・トンプソンの暮らしていた家(ジム・トンプソン・ハウス:JTH)がある。バンコク中心部にありながら、小径(ソイ)の一番奥にあるので、喧騒からは隔絶された空間である。邸宅のすぐ裏にはチャオプラヤー川の支流も流れる、贅沢な住空間であった場所だ。

 ジム・トンプソンという人は、映画のように数奇な人生を送った人で、アメリカではCIAの諜報員をしていたという。そして、タイ王国にやってきてタイ・シルクに目をつけ、品質とデザインを両立させた「ジム・トンプソン」ブランドを確立、タイ・シルクを一躍世界に広めることに成功した立役者である。

 

 バンコクの中心部にタイ式の屋敷を構えるなどしたあと、訪問先のマレーシアの避暑地キャメロン・ハイランドにて謎の失踪を遂げ、そのまま帰らぬ人となった。

 その彼が暮らしていた家が、現在は家族の手によって経営されるJTによってミュージアムとして公開されており、ここにはギャラリー、レストラン、ショップが集まる。また、数件隣にはJTの持つビルと駐車場があり、このビルの中には、一般に公開されているアート系の書籍やDVDのあるライブラリーも入っている。    

 ジム・トンプソンが暮らした頃のバンコクは、まだ今日のように毎日渋滞でむせかえる空気の街ではなく、チャオプラヤー川の支流の小川をゆったりと人々がボートを漕いでいたり、道行く車やバイクもまだまだ少ない牧歌的な街であった。

 

 きっと、バンコキアン(バンコク人)たちの顔にも、まだ本物の笑顔が残っていた時代であろう。それこそ、「微笑みの国」の「天使の都(バンコク)」に相応しい街であったのだ。(残念ながら、今日のバンコキアンは滅多に笑わない。お金には儀礼的に微笑むが)

 

 数棟に分かれたJTHの中には、ジム・トンプソンがタイとその周辺国で集めた「西洋人の好きそうなアジアン・テイストの品々」が残されており、英語、中国語、日本語のガイド・ツアーも日々実施されている。JTHの参観料は100バーツ、ギャラリーは基本的に無料公開、レストランは注文したものを会計という流れ。

- Advertisement スポンサー広告-

 JTHミュージアムで面白いのは、欧米人のジム・トンプソンらしく、「壊れた仏像や欠けたお皿」なども多く収蔵されていることである。地元のタイ人には、そうした「壊れたもの、欠けたもの」は「縁起が悪い」と遠ざける傾向があるが、アメリカ人のジム・トンプソンにとっては、それら破損した品々も魅力的なものであったのである。

 JTHが最も美しいのは、夜の帳が降りた頃。邸宅の裏にある墨汁を垂らしたかのようにどす黒いチャオプラヤー川の支流の汚さが目視できなくなった時間帯であろう。ジム・トンプソンはこの邸宅でゲストをもてなす際、視覚的にもっとも美しい効果のある支流からボートで乗り付けてもらい、日中のうだるような暑さが和らぐ安寧な時間帯に、甘美なパーティーを催していたという。

 

 しかし、今日ではその時間帯のJTHは帰らぬ主人を待つミュージアムと化し、すでに閉館後なので、生前ジム・トンプソンが開催していたパーティーの様子を窺うことはできない。お隣のレストランは、夜になるとワイン・バーとして営業しているので、そちらで雰囲気を垣間見るしかない。

ジム、帰ってきても良いんだよ。