曼谷華僑の夢の跡「廊1919」の媽祖廟

 

前回のブログ「曼谷華僑の夢の跡 廊1919を歩く」からの続きです。

 

 

「廊 1919」では「コの字型」に建物が配置されている。その建物群の中央に「媽祖廟」が鎮座する。タイ王国の南端のマレーシアに隣接した地域には、イスラム教を信仰する人が多いが、その他の地域は「ほぼ全域が仏教徒の国」であり、こうした「中国沿岸部の儒教を祖とする廟」はどちらかというと珍しい。

タイ王国は「国教を仏教とはしていない」が、「タイ国王は仏教徒である」と定められており、また年度などは多くの場合で仏歴を用いている。年間の祝日などにも仏教祭日があるあたりも、「仏教国ではないけど、ほぼ仏教国」というタイ王国らしい「思考のジグザグ感」が出ていて面白い。

 

 

さて、媽祖廟である。元来、媽祖とは航海・漁業の守護神として、中国沿岸部で信仰を集めた道教の女神であり、時を経るにつれ、出世魚のように「万物に利益のある神」となっていったそうだ。媽祖廟の残る地域として、発祥の中国大陸が少ないのは、毛沢東が文化大革命時に「迷信的・非科学的な活動の温床」として多くの媽祖廟やその他の文化財を破壊したことによる。

 

中国の王朝には、王朝が変わるたびに、「それまでの王朝のものを否定し、新王朝を肯定するDNA」が刷り込まれているようで、中華人民共和国という王朝になってから、それまでの文化の多くを全面的に否定する運動をやってのけたことは世界の知るところである。

 

媽祖の発祥の地である中国大陸では、文化大革命後の改革開放の進展により、細々と再興しつつある媽祖廟であるが、古い媽祖廟は壊滅的に少ない。しかし、文化大革命の荒波を避けられた香港やマカオ、台湾やベトナムでは、今でも多くの女神像(媽祖)を祭る媽祖廟や、その派生系が多いのはこのためである。

 

「ほぼ仏教国」のタイ王国において、廊1919の媽祖は、奥ゆかしいサイズ感である。ベトナム中部の街ダナンの岬に屹立する巨大な天后、香港の山奥にある富豪が建てた現代的で美しい天后も媽祖であるようだが、ああした「分かりやすい巨大像」ではない。

 

しかし、廊1919の媽祖廟は、この地をずっと見守ってきた女神の祠であり、比較的新しいベトナム・ダナンや香港の巨大な媽祖よりもずっと長生きである。100年の時を超え、人々がここで祈りを捧げてきた時が凝縮された気配を漂わせている媽祖廟。文化大革命の時期、大陸の媽祖廟が次々と破壊されていた頃、ここの媽祖はタイのバンコクからその様子をどのような胸中で眺めていたのであろう。

日本にも媽祖廟は30ほどあるという

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