タイ寺院、歴史と商業化の狭間で。

 

前回「歴史ある寺院にも商業化の波」、前々回2バーツ硬貨に描かれた寺院」の続きです。

 

 

さて、商業化が顕著なワット・サケットであっても、流石に古いだけあり、感慨深い歴史的な面も併せ持つ。

 

通常、観光客や一般のタイ人参拝客は、ゴールデン・マウントの頂上にある仏塔で祈りを捧げたり参観するなどし、景色をある程度堪能するとそそくさとこの場を後にするのだが、もう少し近隣にも目を配ってみると、このゴールデン・マウントを含むワット・サケットの持つ歴史の重みが垣間見られる。

ゴールデン・マウントの螺旋階段を下っておりる際に、下り階段から少し外れたところに寄り道すると、かつてコレラなどの疫病がバンコクの街を襲った際に、病人たちの死体置き場の役割を果たしたのがゴールデン・マウントを持つワット・サケットであったという展示がある。「死体安置所とそれを待つ禿鷹の模型」である。

 

19世記のうちに何度も疫病の発生があり、最も酷い19世紀半ばの疫病の際には、バンコクの人口の約10分の1が亡くなり、その死体の搬送先としてここに運ばれていたというから、大変な光景であっただろう。疫病の度に数万人の死体がここに運ばれ、それを待つ禿鷹の群の異様な光景がここにあったのである。

 

「サケット寺の禿鷹」という伝承があるというが、今日のバンコクでは動物園以外で禿鷹を見ることは叶わない。いや、その方が良いのかもしれないが。

さらにゴールデン・マウントの周囲を見て回ると、禿鷹の展示あり、檀家の墓地が参拝客や観光客の目につきにくい場所にあったり、新たな洞窟的な展示場所ができていたりと、歴史的に凄惨な記憶があったり、しっかりと周囲の住民との絆があったりという具合に、なかなかに奥深いのがワット・サケットである。Tシャツやアイスクリームを売っているだけのお寺ではないのだ。

 

近年、商業主義にひた走るだけでなく、「実は、うちにはこんな歴史もありまっせ」という展示をさりげなく見せてくるワット・サケットは、なかなかに侮れない寺院でもある。

金で買えない歴史がある

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