普通の街になりつつあるタイ王国チェンマイ

 

 タイ王国のチェンマイは、バンコクについで王国第二の都市として勢いのある地である。しかし、「ここは!」という見所がないのも、バンコク譲りである。観に行った人の多くががっかりすると言われる市内中心部にある「ターペー門」、山の上の「ドイ・ステープ寺」(寺はいまいちだが、景色はそれなりに良い。外人料金30Bを徴収する辺りがタイ人らしい)など、肩透かしを喰らう。

 

 

 ここ1015年ばかりの間に、チェンマイの交通量はぐっと増え、中心部では日々渋滞も発生するようになっている。かつては、タイ北部随一の街でありながら、安価な食事など生活コストの低さも売りであった。しかし、近年のチェンマイでの食事は、「量が少ない上に不味くて高い」というバンコクの流れをくんでいるかのようだ。

 

 そんなチェンマイには、大型ショッピング・モールのセントラルが数軒展開し、若者に人気のMAYAや箱だけ立派なプロムナード・リゾート・モールなどの郊外型ショッピング・モールも増えている。

 

それでも、特に「ここでなければ買えない」というめぼしいものはなく、ショッピング・モールには映画を観に行くぐらいしか用事がない人も少なくない。タイ王国では、ある程度の規模の都市にはセントラルが進出し、「都市の無個性化・金太郎飴化」を着々と進めている。北から南まで、どこに行っても同じレストランやショップしかないのだ。

 

 「タイ王国には、ショッピング・モールとバーしかない」とは欧米人の友人の言葉。他にも山と海があるけどね。

 

 擦れきったバンコク人(バンコキアン)とは異なり、タイ北部の人々には、どちらかといえば親日な人が少なくない。ここ数年、中国大陸の観光客がタイ王国にも大挙するようになり、「なんちゃって民主主義」から「軍事政権」を経て、また「なんちゃって民主主義」へと戻ったタイ王国。先代の比較的統治の上手かった王様から、暴れん坊将軍で名を馳せる現国王へと世継ぎもあり、王国の雲行きも怪しくなっている。また、外国人へのビザの締め付けも厳しくなるなど、各国人が居心地が悪くなり退去する流れもある。

 

 タイ王国各地で「中国人?」と聞かれることも増えた。「日本人だよ」と答えると、ほっとしたような顔をするのを見ると、よほど中国人観光客に疲れているのであろう。それでも爆買いなどしてくれる中国人の団体は、経営者にとっては有難いお客なのだ。一度、中国人の観光客たちに受け入れられる流れをネットで作ってしまうと、あとは自動的に後を追って中国人たちは雪崩れ込んでくる。しかし、厄介な客が多くお金を落としてくれても、従業員の実入りはそう変わらない。経営者しか儲からないので、末端のスタッフからすると、大陸の団体客のような傍若無人なお客は迷惑なのだ。

 

 タイ王国でNARAYAの黄色い巨大なビニール袋を持ったアジア人が何人か連れ立って歩いていれば、それはほぼ中国人である。Mango Tangoのように、「うちのマンゴー・スティッキー・ライスがタイで一番」と自分で唄えば、その流れができてしまう。一昔前、世界中で顰蹙を買っていたという「日本の農協の団体旅行者」はこんな感じではなかったのだろうか。

 

 かつて、少数民族の人々や朴訥なラオス人などが多く混ざり、街に独特の雰囲気を醸し出していたチェンマイであるが、昨今はすっかり「現金第一主義の中国化」の流れが止まらず、「どこにでもある普通の街」になりつつあると感じる。

 

 経済発展や観光業の促進と並行しつつ、街の個性を維持するのは、かくも難しい事業なのである。東南アジアの国々の舵取りをしている人々は、私利私欲に走りやすい。短期的に自分の懐が潤う施策ばかりを優先するあまり、売国奴的な政策に偏ってしまうのが悲しいところだ。

 

 

 

ありし日のチェンマイは記憶の彼方に

 

そのほかの「タイ王国の記事」

そのほかの「ASEANの記事」