ヘル・ファイヤー・パス・メモリアル・ミュージアム


 前回、タイ王国はカンチャナブリー県にある死の鉄道の触りを書きました。

 

 大戦中、バンコク・ヤンゴン間の415キロに渡って施設された「死の鉄道」。それらは、戦時中に爆撃され無くなった部分、戦後そのままタイ王国の鉄道網に吸収された部分もあれば、廃路となり線路は資源として再利用された部分もあり、今日ではタイ・ミャンマー間を繋ぐ路線は残っていない。

 カンチャナブリー市のクウェイ川を跨ぐ橋は、現役の鉄道路線の一部として活躍しているが、多くの戦時捕虜が命を落として建設に関わった「死の鉄道」の大部分が、彼らの命と共に森の中に「一時期の記憶」として失われてしまった。

 

 「死の鉄道」の20ヶ月の工期間に、10万人もの人々が命を落としたという。1ヶ月平均5000人、1日平均167人が亡くなったことになる。たとえそれが半分の5万人だったとしても、「死の鉄道」と呼んで差し支えない、膨大な数の人々の命が削り取られた路線である。


 当時の戦時捕虜の生き残りの有志と、オーストラリアが出資して建てられた「ヘル・ファイヤー・パス・メモリアル・ミュージアム」は、カンチャナブリー市から更に
80キロばかり、ミャンマーへと向けて山道を分け入った「タイ王国の軍事基地」の中にある。


 「地獄の炎の通り道(ヘル・ファイヤー・パス)」と呼ばれるほどに、激しい暑さと建設の難易度を極めた「死の鉄道」の中間地点に、情報を後世に伝え、亡くなった人々を偲ぶミュージアムが建てられ、かつて線路があった山道を歩くこともできるようになっている。

 

 本来、全長4キロの山道を歩くことができたのであるが、なぜかタイ王国の軍事暫定政府は2.5キロの道から先を封鎖してしまった。軍事政権のやることは意味不明なことが多いが、ここでもそれは垣間見られる。

 


 さて、カンチャナブリー県の日中の暑さはかなりのもので、片道だけで車にピックアップしてもらうのならまだしも、往復歩き通そうという場合には、ある程度の水を持参した方が良い。

 
 ただ歩き通すだけでも大変な山道なのだが、ここで栄養失調と体調不良に苦しみながら、 身につけているものは褌(ふんどし)だけで、裸足で毎日6キロもの道を往復していた捕虜たち。彼らと比べれば、しっかりとした靴を履き、何の労働も強いられていない参観者の散策など、なんの苦役でもないのだけれど。

 


 また、ミュージアムでは英語・ドイツ語・日本語・タイ語などのオーディオを無料で貸し出しているので、これは借りて行くべきだろう。プロのナレーターによる音声の高品質なレコーディングで、戦時中の捕虜たちの過酷さをよく伝える解説が聞ける。

 

 ただ漫然と歩くのもよいかもしれないが、このオーディオの情報を合わせて歩くのとでは、理解度が断然異なるので、是非ともオーディオを借りていくことを勧めたい。

 


 本来であれば、オーストラリアではなく、日本が出資してこうした施設を運営しておくべきであるが、現状はそうした状況にはない。

 


 しかし、このミュージアムの良いところは、タイ王国でも日本でもない第三国であるオーストラリアが出資・運営しているというところにあるのかもしれない。残念ながら、中国の「南京大虐殺記念館」は、共産党政府の恣意的な情報演出が盛りだくさんになっており、情報の公平性に欠ける。


 カンチャナブリー県の山奥まで行く時間のある人には、このミュージアムを訪れることを勧めたい。できることなら、「戦争を美化する傾向のある人々」には、一人残らず訪れて欲しい場所だ。

 

 

 「死の鉄道」は、有名な『戦場にかける橋』や『The Railway Man』として、映画の題材にもなっている。これらを観てから訪れてみるのも良いだろう。

 

  

彼らを忘れないことが、せめてもの供養。