鉄道の線路上に展開するマエクロン市場

 

 鉄道の線路のすぐ近く、それも「鉄道の敷地内」だと思われる場所に暮らす人々が、東南アジアや南アジアには、少なからず存在する。

 

 日本や韓国・中国など、鉄道サービスのすっかり近代化した東アジアでは考えられないことであるが、逆にそれらの地域に足を運んでみると、人々はそれが「自然なこと」であると考え暮らしており、日本や韓国・中国のように「きっちり管理された鉄道網」の方が、逆になんだか不自然に思えてくるから面白い。

 

 さらに、「線路のすぐ近くで生活する」だけでは飽き足らず、文字通り「線路上」に、簡易市場を張り出してしまう地域もいくつかある。

 

 インド・ミャンマー・ベトナムやインドネシア、そしてタイ王国では、こうした逞しい人々の営みがまだ垣間見られる場所があり、その管理社会とは真逆の、「危険と隣り合わせである場所にもかかわらず、管理がゆるい状態」を観光資源としているケースすらある。

 

 その一つが、タイ王国の「マエクロン市場」である。バンコクから南西に80キロばかり行った場所にある、鉄道駅のマエクロン駅から100メートルほどが、「鉄道路線の上に立つ市場」として有名な「マエクロン市場」である。

 マエクロン駅を発着する路線は、子供たちや観光のために猿が運転する小さな鉄道などではなく、現地の人々の足として現役で活躍する「本物の鉄道列車の路線」である。そこを走る列車に轢かれれば大怪我をするし、場合によっては死に至るようなこともある、リアルな鉄道だ。 

 それでも、「そんな鈍臭い奴は轢かれても仕方がないよ」とでもあざ笑うかのように、マエクロン市場の人々は、ここで日々、逞しく営業をしている。市場では主に野菜や果物、各種肉などの食品が扱われているのだが、海に近い町らしく、新鮮な魚介類を売る市場などもある。

 

 午前と午後に数本発着する列車が通る時には、皆で急いで市場を撤収するのであるが、その滑稽な様を一目見るために、この地に足を運ぶ旅人は絶えない。

 

 近隣には、7キロほど離れた場所に有名な「アンパワーの水上市場」があるが、こちらはあくまで「観光客に見せるためのショー」と捉えておいた方が良い。平日のアンパワー市場はほとんど稼働しておらず、週末だけ、そこの市場で「船で流れる行商人」を演じて商売をするために、人々は車やバイクでここに集まるのである。

 

 そもそも、各家庭に交通手段の車やバイクが普及し、物流網の発展した今日のタイ王国にあっては、かつてのような水上市場など必要がない。観光客を集めるための「道具立て」として、水上市場が各地に新設・運営されてはいるが、実質的に「ショーと化した水上市場」には、生活に必要なものを近隣住民が買い求めに来るマエクロン市場のような「リアルな生活感」はすでにないのだ。

 マエクロン市場に列車が到着する数分前から、あたりは急にざわつき始める。線路の上に張り出した店舗は、慣れた手つきで次々に撤収され、列車がやっと通れるほどの隙間が出来上がる。

 
 警笛を申し訳程度に鳴らしながら、列車は市場の建ち並ぶ隙間を縫うようにしてマエクロン駅に発着する。

 

 しかし、よくよく考えてみると、肩身の狭そうな列車は本来の業務をしているだけにすぎず、線路上に勝手に市場を張り出している方に問題があるのである。だが、その辺を深く問い詰めず、「まぁ、そういう感じになっているので、そのままいきましょう。どうやら観光資源としても使えますし」という「ゆるさ」が、何ともタイ王国らしい。

 そこに、海の水を割って行進する聖者よろしく、列車がのろのろと姿を表すと、集まった信者たち(観光客)は、喝采とともに手元の携帯電話や電子機器でその「奇跡の様子」の証人となるのである。

 

 当のマエクロン駅の構内には、列車を利用する人々よりも、むしろ「奇跡を目撃にしにきた」観光客をメインにした飲食店が立ち並び、英語や日本語、マンダリン・広東語を使う店員たちの客の呼び込みがこだまする。さらに、近隣には夕方と朝にこの光景を観て、そのまま宿泊する人向けの宿も建ち始めている。

 

 マエクロン市場、「デタラメな鉄道管理」が、結果的に周辺の経済を潤す「観光名所」となっている、なんとも憎めない場所である。

マエクロン市場、いつまで続くのだろう。