タイ人のジグザグ思考

 

 タイ王国で生活をしてみると、嫌でも思い知らされるのが、「タイ人のジグザグ思考」だ。

 

 車やバイクの運転を見れば、明らかにジグザグ走行である。少しでも隙間があれば、車もバイクもそこに突進していくだけでなく、タクシーやバスなども無闇やたらと車線変更をしている。

 

 「街の作り」もジグザグである。毛細血管のように複雑に絡み合った道が有機的に働いているわけではなく、急に一方通行になったり、行き止まりになったり、やたらと渋滞を生み出す結果となっている。

 タイ語の言語構造もジグザグであると言わざるを得ない。そもそも「すでに使っていないタイ語の文字」や「重複する音の文字」を憶えないといけない。そして、結果的に彼らの思考回路もジグザグであり、物事をストレートに考えず、色々と行ったり来たりする。

 

 挙げ句の果てには、性別までジグザグに変化する人々がいる。性同一性障害でトランス・ジェンダーになるのはやむを得ないと思う。それはジグザグではなく、一方通行だからだ。本来の性に近づいているだけである。

 

 しかし、中には男性から女性になり、また男性に戻ったり、逆に女性から男性になり、また女性に戻ったりといった具合に、「性がジグザグに変化する」人々がいるのである。これは「性同一性障害」や「バイ・セクシャル」ではなく、「性がジグザグに変化する人たち」である。少し会わない間に、男嫌いなレズビアンだった女の子が、普通に男性と付き合うようになっていたりすることも珍しくない。

 

 よく、「日本人は思っていることをはっきり言わない民族」だと言われるが、タイ人のそれは日本人以上ではなかろうか。むしろ、はっきりと明言することを「良し」としないタイ文化は、空気を読む文化の日本人をしても、彼らタイ人が何を考えているかを理解するのには、相当な時間を要するのである。

 

 たいていの場合、最終的に「自分の私利私欲を満たすこと」を考えているのではあるが、ニヤニヤしていたりするので分かりづらいのだ。 それは決して「清々しい微笑み」ではない。

 

 「微笑みの国」というタイ王国を形容するキャッチ・コピーがあるが、それはすでに遠い昔のこととなっている。首都のバンコクで微笑みを返されることは稀であり、チップをあげる外国人に対しては満面の笑みになるが、それはお金に笑いかけているに過ぎないのであるから。

 

 むしろ近隣国のはるかに後進国のミャンマーの方が、ずっと「微笑みの国」であるのは、民主主義のない軍事政権下のタイ王国としては、すっきりしないところであるだろう。「国を表すキャッチ・コピーとその実情」までもがジグザグ(あるいはちぐはぐ)なのである。

 

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 タイのお釜さん達は、ビーチバレーが大好きだ。プレイは男だが、声は裏声なのが面白い。ここでもジグザグな特性は垣間見られる。日本でもヒットした『アタック・ナンバー・ハーフ』という映画は必見である。

 

すでに「ジグザグ」はタイ文化