香港の富豪・李嘉誠による「慈しむ山の寺」

 

 香港北部にある「慈山寺」について書いている。

 

 予約時間になり、一人一人予約の番号とIDを確認し、慈山寺の寺門を潜る。山の斜面に建てられた慈山寺の参拝は、座禅や瞑想のコースに申し込まなければ、小一時間もあれば済むだろう。

 慈山寺の一つ一つの建物には、現代建築の要素を取り入れてあり、境内に点在する仏像や宗教画も、近代的な印象を与える美しいデザインでまとまっている。仏教世界のテイストを取り入れたホテルやリゾートがあれば、こんなデザインのホテルになるのではないかとも思える。

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 寺の一番奥に、外からも見える70メートルもある観音聖像が屹立している。台座を合わせると76メートルの高さがあるという。

 

 元々、インドから中国に伝来した仏教であるが、唐代末期(618-907年)には男の観音であったのが、宋代の初期(9601279年)になると女の観音像が見られるようになったという。中国大陸において、男性から女性に変化した観音像は、中国仏教の発展形態の一つと考えられてもいる。これがタイ王国であれば、より面白かったと思うのだが。

 世界各地の仏教寺院を訪れてみると、仏教発祥の地であるインドやネパール、タイ・ミャンマー・ラオス、ベトナムや中国、そして日本や台湾で微妙に仏像の形態が変化(進化)しているのが分かる。インドやネパールでは面長なタイプの仏像が、東の国にいくにつれて丸顔になり、日本に至る頃には「仏頂面」という表現があるように、感情を押し殺したような無愛想な顔立ちとなる。

 仏教の開祖である釈迦が暮らした当時、偶像崇拝につながる仏像はなかったそうだ。また、サンスクリット語は口承言語であり、経典もなかった。釈迦が入滅してから数百年後、仏像を作るのが得意な「釈迦を見たことも会ったこともない」西の人々が仏像を作り、それを崇めるという風習を作った。経典なども同じで、後々の巨大な「仏教ビジネス」や「人民を統治する手段」のために作られ、発展したものであるといえる。

 つまり、今日我々が目にする仏教寺院の多くが、開祖である釈迦とはおよそ関係のない世界観と方法とで、開祖の意思とは無関係に「正確には伝わっていないであろう教え」を伝えているようである。釈迦とは今日風に言えば「哲学者」であったわけで、その哲学者の像や画を崇めるという奇妙な風習が「今日の仏教」では行われている。

 さて、慈山寺の観音聖像の前には、「心を落ち着ける仕組み」が一つある。木製のお椀に水を注ぎ、そのお椀を持って数十メートルばかり観音聖像の前の参道を水をこぼさないよう静かに歩き、観音聖像の前で水を空けるというものだ。

 側から見ているとなんでもない儀式であるが、いざやってみると、心が落ち着くから不思議なものだ。題目を唱えるだけでなく、 身体を使ったお祈りなどを形式化している宗教も多くある。イスラム教の15回のお祈りや、チベット仏教の五体投地などその典型例だろう。心と体を合わせることによって、信心をより強固にする仕組みなのかもしれない。

 

 

 

国家も宗教も、どちらもフィクションである