面倒見の良いウクライナの学生たち

 

前回のブログ「歴史と文化の街、リヴィウからの続きです。

 

 

※本ブログの内容は、私が初めてウクライナを訪問した2014年当時の内容です。

 

ご存知のように、現在ウクライナはロシアによる侵略戦争を受け、大変な状況にあります。連日ニュースで伝わってくるのは、過酷な戦渦の内容が多いです。「比較的平時のウクライナの素顔」を伝える目的で、過去の旅の内容を綴っています。

 

 

リヴィウにて投宿した宿でのんびりしていると、宿主と連絡を取るのを助けてくれた学生の一人、Oからさっそく連絡があった。

 

皆で写真を撮った時には、グループの中で一番背が高いものの、少し恥ずかしそうにして後ろの方にいた子であったが、連絡先を交換してみると、実はこの子が率先して「この旅人の面倒をなんとか見てやろう」という温かい心を持った子であったのである。

 

「今どうしているの?」

「いや、特に何もしていないんだ。これから駅に行って、次の街へ往く列車の切符を買っておこうかと考えていたところ。」

「そう、じゃあ一緒に行ってあげるよ」

「本当?ウクライナ語は全く分からないので、とても助かる。」

「じゃあ、学校のクラスが終わったから、宿まで迎えに行くね」

 

旅先で知り合い、社交辞令的に連絡を交換することはよくある。しかし、連絡先を交換して、すぐに「また会おうか」となるのは、その後も長く友人でいられる人である確率が高い。今回連絡をくれ、実際にリヴィウにいる間に再会したOは、物理的には疎遠でありながらも、その後も何度か連絡を取る友人となった。

 

宿の外に出てみると、連絡をくれた背の高いO以外にも、先ほどのグループのMも一緒に来てくれていた。そのまま三人で連れ立って、リヴィウ駅へと歩いて向かう。

 

一人で宿まで歩いた時には、まだこの街の完全な余所者であったが、こうして現地の友人たちと一緒に同じ道を歩いて戻るだけで、随分と街に溶け込めているような錯覚がするものである。街の風景も一人で宿を探しながら歩いた時よりも、ずっと温かくカラフルに感じられる。

 

そして何より、一人旅をしていた自分に疎外感を味合わせないよう、気を遣ってくれたOの優しさが嬉しい。

 

OMの助けもあり、リヴィウ駅にて目星をつけておいた近隣の街への切符を無事に購入し、美しい駅を後にする。「どこどこ往きの何日の寝台の切符を一枚ください」というような、簡単なウクライナ語ですら全く使えない旅人にとって、現地の学生たちがすすんで助けてくれるのは、なんとも有難かった。

 

駅での「後日の切符を購入」という小さなミッションを終えると、用事のあるMはその場を後にし、入れ替わりでOの仲の良い友人Iが合流してくれたのであった。

 

 

 

次のブログ「世界遺産のリヴィウ旧市街を走る路面電車」に続けます。

温かいウクライナの学生たち

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