リヴィウ旧市街にてウクライナ料理を

 

前回のブログ「世界遺産のリヴィウ旧市街を歩くからの続きです。

 

 

※本ブログの内容は、私が初めてウクライナを訪問した2014年当時の内容です。

 

ご存知のように、現在ウクライナはロシアによる侵略戦争を受け、大変な状況にあります。連日ニュースで伝わってくるのは、過酷な戦渦の内容が多いです。「比較的平時のウクライナの素顔」を伝える目的で、過去の旅の内容を綴っています。

 

 

ウクライナの西都リヴィウの工科大学生であるOIに連れられ、世界文化遺産に登録もされているリヴィウ旧市街を歩き、軽い食事でもしようということになった。

 

近場にあった適当なお店に入り、メニューから少し馴染みのあるウクライナ料理であるボルシチと、同じくウクライナ料理の代表格であるバレニキを選び、OIは何が食べたいのかを尋ねる。そうすると二人とも「お腹空いてないから、あなただけ食べて」と言い、自分達は何も食事はオーダーせず、飲み物だけで良いと言い張る。

 

仕方がないので、自分だけボルシチ、バレニキ、それからクレープの記事のようなものを頼み、「よかったらシェアしよう」と二人に促すも、結局自分が食べるのを見ているだけで満足しているようで、食事に全く口をつけようとしないのであった。

 

これが東南アジアの同世代の若い学生であれば、「何が食べたい?」と日本人の男性に聞かれれば、待っていましたとばかりに本当に自分の食べたいものを価格など気にせずにオーダーするものであるが、まだ十代後半の二人は旅人である自分に遠慮をしてくれたのか、飲み物だけしか注文することなく、また会計の時には、自分達の飲み物代を払おうとさえしていたのには感心した。

 

「ウクライナは決して富める国ではないはずだけれど、この子たちは自立した精神を持ち、育ちがいいのだな」と。

さて、グループの中で最も背の高かったOは、182センチの自分と並んでも同じぐらいの肩の高さのある子であり、お父さんはなんと二メートル近くあるのだという。ウクライナには骨格のしっかりした人々が多いが、彼女の家系はその中でもかなりの体格を誇る血筋であることが分かった。

 

Oの友達で英語の達者なIは高校を飛び級し、17歳という若さでレヴィウ工科大学に入学している才女であった。日本の大学にもある大学間の世界的な連携サークル(いわゆるインカレ)であるアイセックに所属し、入学後間もない一年生にもかかわらず、すでにサークルでは幹部クラスになり、リーダーとしての頭角を表している子でもあった。

 

 

次のブログ「リヴィウ旧市街にてカフェ巡り」に続けます。

またウクライナ料理を楽しみに行きたい

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