ウクライナへの国際列車

 

前回のブログ「素顔のウクライナからの続きです。

 

※本ブログの内容は、私が初めてウクライナを訪問した2014年当時の内容です。

 

ご存知のように、現在ウクライナはロシアによる侵略戦争を受け、大変な状況にあります。連日ニュースで伝わってくるのは、過酷な戦渦の内容が多いです。「比較的平時のウクライナの素顔」を伝える目的で、過去の旅の内容を綴っています。

 

初めてウクライナの地を訪れたのは、2014年の夏のことであった。丁度ロシアが一方的にクリミア半島を併合し、ロシアとウクライナ間での緊張が非常に高まっていた時期でもある。いや、それ以降ずっと緊張感の高い状態が続き、ウクライナ東部ではロシアとウクライナによる紛争が続いてきた。数千人もの人々がウクライナ東部の紛争で亡くなり、2022224日にはロシアによるウクライナへの全面的な侵略戦争へと発展してしまったのである。

 

 

さて、私個人のウクライナ初訪問は、ハンガリーの首都ブダペストから夜行寝台列車に乗り込み、翌日にウクライナのリヴィウの駅に到着するという旅程であった。

 

少し古い写真を外付けドライブから引っ張り出してきて、久方ぶりにその写真を眺めてみると、ブダペストから乗ってきた列車には「Russian Railways」という文字がその車体に読み取れる。そう、この列車はロシア鉄道の国際鉄道であり、ロシアとヨーロッパ各国とを結ぶ路線の一つであったのである。

 

2014年、ウクライナという自立した国の領土であったクリミア半島をロシアが一方的に併合するという暴挙の後にも、このロシア鉄道は走っていたことを考えると、当時のヨーロッパ各国の「ロシアへの制裁」というのは、口で言うよりもずっとマイルドで、今日の「国交断絶の数歩手前のそれ」よりはずっと穏便なものであったと言えるだろう。しかし、昨今の各国の制裁により、ロシアとヨーロッパをつなぐ国際列車の路線は、先日フィンランドとロシアをつなぐ路線が停止されたことにより、西側では途絶えてしまっている。

 

かつて、広大なロシア国内を走る列車、近隣国からロシアへの国際列車、またロシアから近隣国へ越境する国際列車に乗れたことは、今となってはとても貴重な経験となった。ロシアからフィンランドへの越境、モンゴルの首都ウランバートルからロシアの首都モスクワへと数日かけて旅したことが懐かしい。次にいつロシア鉄道へとつながる国際列車に乗れることになるか分からない。プーチンが権力を掌握している間は、自主的にロシアに金を落とすことは避けたいと考えている。自分がもたらした雀の涙ほどの資金でも、近隣国への侵略戦争の資金の一端として間接的に使われることはとても気分が悪い。

 

どこかの国へ旅したいと思ったら、そう長い時間待たずにすぐ動くことが大切だと思う。この世界のグローバル化・ボーダーレス化は、時として冷や水を浴びせられたかの如く、突如として後退することがある。戦争や紛争、疫病の蔓延などで、昨日までは全く問題なく往来ができていた場所にも、急にしばらく行くことができなくなることがあることを我々は身をもって学んだ。

 

 

 

次のブログ「端正なリヴィウ駅」に続けます。

列車の旅は風情がある。

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