シャイでも人懐こいウクライナの若者たち

 

前回のブログ「初めての本場のボルシチからの続きです。

 

※本ブログの内容は、私が初めてウクライナを訪問した2014年当時の内容です。

 

ご存知のように、現在ウクライナはロシアによる侵略戦争を受け、大変な状況にあります。連日ニュースで伝わってくるのは、過酷な戦渦の内容が多いです。「比較的平時のウクライナの素顔」を伝える目的で、過去の旅の内容を綴っています。

 

ウクライナの伝統料理の一つである煮込みスープのボルシチで空腹を凌ぎ、事前にネット予約しておいた宿を目指す。

 

宿の場所はグーグル・マップで調べてあり、ウクライナのSIMカードが入っていない携帯であっても、現地の地図をダウンロードして携帯GPSの電波を頼りにすれば、言葉の通じない初めての土地であっても、なんとか目的地の近辺まで着いてしまう。考えてみればすごいことである。

 

さて、携帯内のマップ上に示される宿のすぐ近くまで来てみて、予約していた宿がいわゆる「民宿タイプの宿」であることが分かった。宿泊業を生業とするプロの宿ではなく、個人が宿の予約サイトに宿泊可能な物件を掲載し、手数料を予約サイトに払うというスタイルのアレだ。民泊にありがちであるが、建物の外観に宿の名が掲げられていないのだ。携帯電話の地図の表示によると、どうやらウクライナの街中にあるよくある数階建ての少し古びたアパートのような建物に目的の宿は入っているようだ。

 

宿泊予定の宿のすぐ近くまで来ても、携帯のSIMカードが入っていないので、宿の案内に電話をすることもできない。おそらく宿が入っているであろう建物に、部屋ごとのチャイムも見当たらない。そもそも、チャイムがあったとしても、どの部屋が宿なのかもよく分からない。手当たり次第にチャイムを押すのも難儀な上に迷惑な話だし、こちらはウクライナ語にも不自由だ。

 

そこに数人の学生風の若者たちが通りかかった。2014年当時のウクライナでは、まだアジア人の旅行者は珍しく、チラチラとこちらを気にして歩いているのが分かる。ここは渡りに船だと感じ、早速話しかけてみる。

 

 

案の定、男の子一人、女の子数人のグループは近くの工科大学の学生であり、どこの国の学生もそうであるようにみな携帯電話を持っていた。「宿の人と連絡を取りたいのだけれど、携帯にSIMカードがないから電話ができないんだ」と伝えると、すぐに手元にあった番号に一人が電話をかけてくれ、「すぐに宿の人が来るって」とあっさり問題を解決してくれた。旅先で持つべきものは現地の気の良い友人とSIMカードである。

 

ウクライナ語がまるでできない自分にも、嫌な顔ひとつせずに学生たちは話をしてくれ、最後にはなぜか皆で一緒に写真を撮り、連絡先を交換してお別れをした。アジア人が珍しいのであろうか、あるいはウクライナ人は異邦人に対して人懐こいのであろうか、おそらくその両方なのであろう。

 

数時間前まで、誰一人として知り合いのいない見知らぬ土地のウクライナであったが、現地のカジュアルな友人ができると、急にその土地に対する親近感が増すものである。リヴィウに着いて、駅から宿へと歩く街の雰囲気にやや廃れた臭いを感じてもいたのだが、知り合いができたというだけで、街の見え方が急に暖かく感じられるようになった。

 

 

次のブログ「ウクライナの初宿にて荷を解く」に続けます。

みんなが無事でありますよう

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