ウクライナの初宿にて荷を解く

 

前回のブログ「シャイでも人懐こいウクライナの若者たちからの続きです。

 

※本ブログの内容は、私が初めてウクライナを訪問した2014年当時の内容です。

 

ご存知のように、現在ウクライナはロシアによる侵略戦争を受け、大変な状況にあります。連日ニュースで伝わってくるのは、過酷な戦渦の内容が多いです。「比較的平時のウクライナの素顔」を伝える目的で、過去の旅の内容を綴っています。

 

ウクライナの西都リヴィウにて、宿に入ることが出来ずにいたところを「通りすがりの学生たちに救われた」続きです。

 

宿の建物の入口の前で野良猫のように辺りを窺いながら待つこと数分、なごやかに若い女の子がやってきた。リヴィウの工科大に通う学生の一人が、携帯で連絡を取ってくれた宿の人である。想像していたよりもずっと若い人が来たのでやや驚いたが、ひょっとするとオーナーの娘さんか何かなのだろう。

 

 

まず、入口のドアの開錠の仕方を教えてもらい、続けて階段を数階登って部屋に入る。部屋はホテルのような無機質な感じではなく、いかにも民泊という雰囲気で、かつてここに住人がいたことが想像できた。

 

狭いシングル・ベッドながらも、屋根の傾斜がついた、かつて子供部屋だったかのような可愛いベッド・ルーム。そこに簡単な調理もできるキッチンやバス・ルームが独立して付いており、洗濯物干しやアイロンまで用意してある。一人で数日滞在するだけなら、過不足のない設備であった。

 

 

壁にはリヴィウの街の見どころを書いたポスターがかかっていた。ウクライナ語のキリル文字表記なので、文字だけ見ているとなんだかよく分からないが、絵と文字とを照らし合わせて見ていると、なんとなく表しているものが類推できた。まずリヴィウで到着した鉄道の駅が西側にあり、少し東にあるリヴィウ市の中心部には市庁舎、教会やオペラハウスのような建物があり。また少し南東には湖のある公園や後日訪れることになった墓地、市の北側の丘の上の電波塔、駅近くの郊外にはワイナリーもあるようだ。

 

しかし、このざっくりしたマップからはその距離感などは全く分からず、これだけを頼りに歩き回ることはほぼ不可能である。やはり携帯のグーグル・マップの助けが必要である。

 

部屋へと案内してくれた女の子は、話してみるとやはりまだ大学の学部生であり、先ほどの工科大学の学生たちとそう変わらない歳だということが分かった。「何かあったら、いつでも連絡して」と個人の連絡先を快く教えてくれたが、結局その後は連絡を取ることがなかった。

 

数年後にこうして写真を振り返るって見ると、あの日の彼女の優しく温かい眼差しがそこにある。ロシアによる侵略戦争により大変なことになっているウクライナ。彼女たちの無事を願ってやまない。

 

 

次のブログ「ウクライナ:歴史と文化の街、リヴィウ」に続けます。

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