素顔のウクライナ

 

前回のブログ「Apple丸の内」で香港を想うからの続きです。

 

 

 

2014年の一方的なロシアによるクリミア併合から尾をひき、ウクライナ東部の長い紛争を経て、2022224日に始まったウクライナへの全面的な侵略戦争。日本でも連日その戦禍の報道が伝えられているが、侵略戦争も1ヶ月を過ぎ、報道の熱も次第にトーンダウンしてきているようだ。

 

それはシリア然り、ミャンマー然り、戦争や内紛が始まった当初は大きくメディアでも扱われはするが、次第にその露出は少なくなっていくものである。しかも、多くの場合、日本のメディアは紛争地に現地入りをすることなく、諸外国のメディアが取材した情報を買って放送するだけという「コンテンツの受け売り」が常態化しており、伝えられるコンテンツにジャーナリズムを背負うという真剣さが感じられないものが大部分である。

 

そんな中、果敢にも少数の日本人ジャーナリストは戦禍のウクライナに現地入りし、他国のメディアに負けじとリアルな現地の様子を伝えているのには頭が下がる。

 

実のところ、多くの日本人はウクライナを訪れたことがないだろう。中には、「ウクライナってどこ?」という人もいるだろう。連日マスコミを通して見せつけられるウクライナの悲惨な戦禍、それに対する安全な日本のマスコミのスタジオで、物知り顔でコメントする「自称有識者」「自称国際政治学者」などの「検討ハズレの頓珍漢なコメント」にも付き合わされ、より「ウクライナってそもそもどんな国?」「ウクライナで何が起きているのか」が、伝えられる受け売りのニュースやその場凌ぎのコメントを聞けば聞くほど、分からなくなっているのではないだろうか。

 

今日のロシアによる全面的なロシア・ウクライナ戦争となる前、私は幸運なことにウクライナの地を訪れる機会があった。短期間、三度訪れただけであるが、それでも彼の地の日常を垣間見ることができた経験は、マスコミやインターネットに溢れるウクライナ情報に幾許かのリアルな肉付けをしてくれるのに役立っている。

 

ウクライナと一言でいっても、ヨーロッパの中ではロシアに次いで2番目に国土の広い国である。その大国の首都キーウ(キエフ、現地ではキーヴという音)、ポーランドに近い西都リヴィウ、そしてウクライナ南部の美しい街チェルノフツィ(現地では同じく「チャーニブチ」に近い呼び名)の三都市しか訪問していないので、まだまだ知らない顔の方が多い。それでも「リアルなウクライナ」を自分の眼で見て感じる機会を持てたことは僥倖であった。

 

「正直、ウクライナってどんなところなの?」という人のために、戦禍のウクライナではなく、「平時のウクライナ」「素顔のウクライナ」を何回かに分けブログに綴っていきたい。

 

 

次のブログ「ウクライナへの国際列車」に続けます。

ウクライナの美しい想い出を胸に

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