バンコクのBACCにて、『 UNSEEN SIAM』が開催中

 

 タイ王国のバンコクの人々の顔から「微笑み」が消えて、どれぐらい経つだろう。「微笑みの国タイ」などという安っぽい広告文句と現実のそれとの乖離が年々ひどくなる「そう笑わなくなったタイの人々」。

 

 実は、日本だけでなく、世界的にも「微笑みの国タイ」というキャッチ・フレーズは使われているようで、初めてタイにやってきた異邦人は、「タイ人、お金以外には微笑まないな」、「近隣のアジア諸国の方がよっぽど微笑みが多いな」との評価が定着してきた。

 

 露天商でよく売られている「No Money, No Honey」というTシャツの文句が表すように、「No Money, No Smile」が今日のバンコク民の基本姿勢であるように思える。

 そんなタイ王国の首都バンコクにて、現地タイ人に人気のある「プリンセス」が鳴り物入りで建ててくださった、芸術と文化の総合センターであるBACCにて、『UNSEEN SIAM』という写真展が201611月初旬まで開催中である。

 

 言うまでもなく、「SIAM(サイアム)」とはタイ王国のかつての呼称であり、「SIAMISE CAT(シャム猫)」というタイ猫の品種は、日本でも人気がある。『UNSEEN SIAM』とは、「見られなくなったタイ王国」の写真展だ。

 

 「見られなくなったタイ王国」といっても、その時代背景は「写真」の発明以降の19世紀以降の近代のタイ王国であり、タイが国として成立した800年前のスコータイ王朝からの写真があるわけでは勿論ない。19世紀以降というと、アユタヤの後にバンコクが首都となってからの比較的新しい時代のタイ王国の写真である。

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 100点ばかりの写真は、そのほどんどがモノクロかセピア色の写真であり、被写体となっているのは皇族の人々、町の様子、市井の人々の生活といった具合に分かれている。

 

 かつてのタイ人の女性は髪を短くカットし、頭側を剃り上げるという、今日の男性のような髪型をしていた。また、インドネシアのバリ島の女性のように、皇族の女性でも男性と同様に上半身裸で胸を露わにして生活していたことも伺える。同じ時期の東アジア諸国と比べると、いかに東南アジアの人々のライフスタイルの変化が近代に入ってから大きかったかが垣間見られる。

 

 

 さて、「見られなくなったタイ王国」の写真の中の人々の顔には、「微笑みの国タイ」という言葉とは裏腹に、ほとんど「微笑み」はない。「銀塩カメラ」という貴重なツールで写真を撮ることは、当時の人々にとっては一世一代の出来事であったのだろう。今日のように、誰もが気軽にセルフィーで自画像を気の向くままに撮れる時代ではなかったのだ。

 

 また、かつての銀塩カメラは、画像を焼き付けるまでに、数秒の間は静止していなければならなかった。魂を抜かれるかもしれない恐ろしい「銀塩カメラ」という機械の前で、数秒間静止している間、当時の人々にとっては笑顔を作っている心の余裕などなかったのかもしれない。

 

 

 「見られなくなったタイ王国」には、渋滞も見られない。今日ある渋滞が、かつては無かったという逆説的な状況だ。

 

 2バーツ・コインの図柄でお馴染みのバンコクで唯一の丘の上に立つ黄金の寺Wat Saket(The Golden Mount)は、まだ建設途中であり、まだ現在の姿にはなっていない。

 

 路には車の陰はまだほとんどなく、歩く人々の姿もまばらである。祭日や皇族のお出ましになるイベント時には、人々は集まり垣根をなすが、普段の「天使の街」バンコクの顔は、その大部分が穏やかで静かな小川沿いに発展しつつある「集落程度の町」であったのだろう。

 

 小川には人々が小舟で行き交い、今日のように観光客向けのショーとしての「偽フローティング・マーケット」ではない、「リアルな生活のための水上市場」があったであろうことも想像できる。当時の人々の生活の足は、車やバイクではなく、小舟や馬・牛などの動物であったのだ。

 

 

 

 

「タイ人の爽やかな笑顔」も、もはや「UNSEEN SIAM」