中越の圧倒的な国力の差が垣間見られる場所

 

ベトナムは中国語表記で「越南(ユエナン)」である。その国名は、「越国の南」という意味である。かつて、中国の南端にあった「越(国)の南側」という意味だ。

 

これは明らかに「中華思想での世界の中心である中国目線」での国名であり、かつてベトナムが1000年もの長きに渡って中国の支配下にあった頃には、すでに定着していた名称なのではないだろうか。でなければ、あれだけ中国嫌いのベトナム人たちが自分たちを貶めるような「越国の南(Viet Nam)」などという国名にするはずがない。

 

ベトナムと中国は、今日でも陸路で国境を接する。歩いて越境できるポイントの一つ、雲南省の河口(鎮)とラオカイ(中国語では老街)の国境は、鉄道の往来が中断されているので、河を隔てる橋を歩いて渡り越境するのが主流である。そして、この越境の橋の近辺は、今日でも「中越の国力の差」を歴然と示す場所となっている。

 

中国大陸からやってくる人々は、ずっと発展の遅れたベトナムに一歩足を踏み入れると、「まるで中国の90年代にタイムスリップしたかのようだ」との感慨を覚える。逆に、ベトナムから中国へと往来する人々は、「ずっと発展した中国から、少しでもお金を稼いでベトナムに持って帰りたい」という頭の人が多い。

 

物資の面でも、まだまだ中国製の製品の方が、ベトナム側で需要があるようで、この橋を跨ぐ国境では、連日多くの個人貿易の荷役たちが空の自転車でベトナムから中国へと越境し、ベトナムへと戻る時には、中国製の製品を満載して帰越している光景が見られる。

 

逆に、中国から自転車でベトナムに買い付けに行く荷役の姿は皆無だ。中国企業でちゃんとした工場をベトナムに構える会社であれば、大型のトレーラーやコンテナ船で大量の物資を中国に運び入れていおり、こうした越境の地で地道に荷役が人力で運ぶというようなことはしない。

 

香港と深センの間では、まだかろうじてそうした荷役が輸入税のない香港からグローバル・ブランドの物資を運んで生計を立てているが、中越間ではそうした零細でも儲かるような物資の需要が乏しいのだ。実際、中国においてベトナム製で需要があるのは、物ではなく若いベトナム女性なのが現実だ。

 

中国とベトナムの間の「無国籍な橋」の上で、懸命に働く荷役や勝手に食品を販売するベトナム人たちを目にするにつけ、「たくましいな、頑張っているな」と微笑ましくあると同時に、「国家の舵取りによって歴然とつく国力の差」に、一抹の寂しさも覚えるのであった。

中国へと入る税関は長蛇の列

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