もはや「小さなプラスチック椅子は文化」のハノイ旧市街

 

 ベトナム人が「地面に近いこと」について、前にも少し書いた。

 

 ベトナムの首都ハノイには、残念ながら見所は少ないのだが、それでも週末の旧市街の夜の喧騒は一見に値する。さらに、ただ傍観者として「一見」するよりも、現地の人々や多くの旅人に混じって、その喧騒の中に身を投じ、 実際にその場の空気との一体感を感ずるのはなお楽しい。

 「ハノイのオールド・クオーター(旧市街)」は、ホアン・キエム湖の北側と西側に広がる一帯を指す。この地域は古い建物を維持するように法令で決められており、トイレ一つ設置するのも役所の許可が要るという。もしこうした許可が無く建築物の改造が現地の人々に委ねられていたとしたら、すでに多くの古い建物は元の形を留めていなかったであろう。なにせベトナム人は「予想外の動き」をするのが得意なのだから。

 

 

 古き良き街の建築物が急激に破壊された例としては、中国の首都北京の胡同の風情が、軒並み無くなってしまったのを思い浮かべると良い。かつての北京の胡同の怪しさと魅力の片鱗を眼にできた異邦人からしても、今日の破壊し尽くされ、「新しく造られた古そうな建物」の胡同は、痛々しいまでのものがある。

 さて、ハノイの旧市街であるが、ここはここで、かつての旧市街と比べると相当の変化があるのであろう。しかし、変わらずに街の喧騒を醸し出すものとして、ベトナムで良く見かける「小さなプラスチック椅子の文化」は、ここでも健在だ。

 

 「小さなプラスチックの椅子」は、ゲリラ的な飲食業に関わる人々の多いベトナムにおいて、なくてはならない存在だ。椅子自体は安いが、東南アジアの雨の多い気候にも強く、軽く場所を取らず、重ねれば原付バイクで「数十の小さなプラスチックの椅子と店の道具」を難なく運ぶこともできる。

 

 まだ「プラスチック」という材料が気軽に手に入らなかった頃の時代のベトナムでは、御座を直接地面に敷いて座っていたか、小さな木製の椅子に腰掛けていたのではないだろうか。今日のベトナムを見ていると、あれだけ小さな椅子に座り慣れたベトナム人が、かつて、その他の形式で談笑しているのを想像することは難しい。

 週末ともなると、旧市街内の幾つかの通路は、車やバイクが通行止めとなり、スツールと呼ぶには頼りない、あの「小さなプラスチック椅子」が、蛇行した路地の至る所に無数に設置され、多くの地元民や観光客で、建物寄りの場所から埋め尽くされていく。

 

 

 ここで「小さなプラスチック椅子」に腰掛け、同じく「小さなプラスチック椅子」をテーブル代わりにし、ハノイ・ビールやサイゴン・ビールの杯を適当な料理と一緒に傾ける内に、ベトナムの地の熱気と怪しさが人々を包み込んでいく。

 

 ヨガのインストラクターをしているベトナム人の友人に聞いてみたことがある。「ベトナム人って、あの小さな椅子に座っていても全然疲れないよね?」と話を振ると、「いや、疲れるよ。長く座っていると、しんどいよ」との答え。

 

 なんと、実はベトナム人でもあの「小さなプラスチックの椅子」に座っていると、疲れるという。その割には、かなり長時間、平気な顔をしてあの小さな椅子に腰掛けているローカルの人々。「小さなプラスチックの椅子」用の特殊な骨格があるのかと思っていたが、そうではなかったのだ。

 

小さなプラスチック椅子」が呼んでいる

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