雨上がりがオススメ、ミーソン遺跡(越)。

 

 数あるベトナム観光地の中でも、ベトナム北部の避暑地サパとベトナム中部の世界遺産の町であるホイアンは、 ベトナム観光で最も人気のある双璧をなす。

 

 

 世界遺産の古都ホイアンから西側(ラオス側)に向けて 、車やバイクで3040分ばかり行ったところに、今回紹介する世界遺産にも指定されているミーソン遺跡(My Son)はある。ベトナム中部のダナンからだと、約70キロほど南に行ったクアン・ナム県の山の中だ。

 

 英語読みだと「マイ・サン」つまり、「私の息子」という意味の言葉になるが、ベトナム語での読み方は「ミー・ソン」だ。

 このミーソン遺跡は、ロケーションの特定がやや難しい。というのも、グーグル・マップの位置情報が、実際の場所からずれているのである。おおよその場所は当たっているのであるが、実際に道を辿っていくと、あと数キロの場所からルートが違うことが分かる。上記マップはあくまで参考まで、「だいたいこっちの方角」という程度に参照されたし。

 

 グーグル・マップではなく、道路標識に従って遺跡へと向かうのが正しい行き方なので、最終的には路上の標識を信じた方が良い。

 東南アジア屈指の遺跡であるカンボジアのアンコール・ワットと同様に、4世紀から13世紀に建てられたミーソン遺跡もヒンドゥー様式の遺跡群である。

 

 かつてのヒンドゥーの様式を中心に据えるクメール系の遺跡は、その支配権の拡大・縮小をよく表しており、今日のカンボジアを中心に、ベトナム・ラオス・タイ王国に渡って点在する。

 東南アジアにおいて、クメール様式の遺跡といえば、最も巨大なコンプレックスは、言わずもがなシエム・リアップのアンコール・ワットであり、その全てを見て回るには数日はかかる。しかし、ベトナムのミーソン遺跡は日帰りで数時間もあれば、その雰囲気を体感して帰ることができる、コンパクトなサイズである。

 ミーソン遺跡を訪れるオススメの時間帯は、早朝か雨上がりが良い。遺跡には東南アジアの強い陽を遮る屋根がほとんど存在しないので、日中はみるみる気温が上昇する。

 

 私がこの遺跡を訪れた時には、幸い雨がひとしきり振った後の午後であり、まだ小雨の降る中であったので、涼みながら遺跡を徘徊し、周囲の森林が呼吸をしているのが感じられた。

 しかし、東南アジアの古い遺跡群は、基本的に石造りなので、旅路を振り返って写真を見ても、そこには「石ばかりが写っている」ということになる。ミーソンが現役で使われていた頃を思いながら、その当時の人々の営みに心を漂わせる旅は、実際にこの地を訪れてみないと難しい。

 

 かつて栄華を誇ったこのヒンズー寺院群も、すっかり朽ち果てた遺跡となっており、「強者どもが夢の跡」と肌で感じるには絶好の場所である。

 

 ミーソンを訪れてみると分かるのだが、今日のベトナム文化とはかけ離れた、クメール系の文化が主流であった時代が、確かにこの地にもあったのである。

 

 東南アジアの近現代の歴史を紐解くと、列強の西欧諸国の植民地とならなかったのは、タイ王国だけである。しかし、そのタイ王国といえど、たかだか800余年の歴史しかない。マレーシアやシンガポールに至っては、国家として独立したのは50−60年ほど前である。昭和の半ば、つい最近のことである。

 

 かつてのタイ王国の領土の多くでは、クメール(チャンパ)王朝の時代があった頃、今日のミャンマーであるかつてのビルマが勢力を誇っていた時代もあり、「国の領土の境界線」はあっちに行ったり、こっちに行ったりという具合であったのだ。

国という枠組みは、永続的ではない